「泣ける漫画って聞いたから読んだのに、
正直、号泣はしなかったんだよな……」
もし君が『3月のライオン』に対して、
そんな感想を持っているなら、
正直、それで普通だと思う。
この作品、実はかなり変わってる。
「はいここ泣くところです!」なんて一切言ってこないし、名言で飾ることもない。
なのに、数日後。
仕事帰りとか、風呂上がりとか、
どうでもいい瞬間に、ふと思い出す。
「あれ? なんか…効いてるな?」って。
そう。
『3月のライオン』は、“あとから泣ける”作品なんだ。
この記事では、
「名言が泣ける」「このシーンで号泣!」みたいな話はしない。
代わりに、僕が実際に読んで、
どこでやられて、
なぜあとから効いてきたのかを、
明るく、正直に、全部話す。
じめじめしない。
説教もしない。
むしろノリはこうだ。
「この作品、泣ける作品で〜す!」
ただしその涙は、
人生を否定するやつじゃない。
「ああ、自分なりにちゃんと生きてきたな」
って思えたときに、
ちょっと目頭が熱くなる、あの感じのもの。
この記事は、
その正体を一緒に笑いながら確かめるための文章だ。
さあ、行こう。
『3月のライオン』が、
なぜ“明るく泣ける作品”なのかを。
泣ける理由①|この作品、「泣くな」って言ってくるところが泣ける

『3月のライオン』って、別に「さあ泣け!」って来ない。
むしろ逆で、「泣かなくていいよ?」って顔をしてくる。
なのに、あとから気づく。
「あ、これ……泣いてたな」って。
僕はこのエピソードを、最初「泣ける話」だと思ってなかった
川本ひなたのいじめ編。
正直に言うと、読み始めたときは身構えてなかった。
いじめ? つらい話? そりゃ分かる。
でも「泣ける名エピソード」って感じではないだろ、って。
ところがどっこい。
読み進めるうちに、
なんか胸の奥が、じわっと重くなってくる。
あれ?
ひなたの話、こんなにキツかったっけ?
──違った。
キツかったのは、ひなたじゃない。
「何も言えなかった自分」の記憶だった。
この話、悲劇じゃない。静かな「我慢大会」だ
このエピソードで起きているのは、
ド派手な悪意でも、劇的な事件でもない。
あるのは、
- ちょっとした無視
- ちょっとした空気
- ちょっとした「まあ、仕方ないよね」
でもさ。
現実の人間を一番削るのって、だいたいこれなんだよ。
泣くほどじゃない。
騒ぐほどでもない。
でも、確実に心が減っていく。
『3月のライオン』は、
ここを淡々と丁寧に描くんだ。
「泣けない」って感想、僕はむしろ信用してる
この章を読んで、
「正直、泣けなかった」
「しんどいだけだった」
そう思った人。
それが普通です。
だって本当にしんどいときって、
人は簡単に泣けない。
泣いたら崩れる気がするし、
泣いたあと誰も助けてくれないかもしれない。
だから感情にフタをする。
ひなたがそうだったように。
そして、たぶん僕らも。
この章が泣ける理由は、最後まで「正解」をくれないところ
このエピソード、
分かりやすいカタルシスがない。
スカッともしないし、
「はい感動!」って感じにもならない。
でも、じわっと残る。
読み終わったあと、ふとした瞬間に思い出す。
「あのとき、よく耐えたな」
「誰にも言えなかったけど、あれはキツかったな」
その感情が、
ある日、突然込み上げてくる。
泣ける理由②|この作品、元気に「ご飯食べよ!」って言ってくる

『3月のライオン』が泣ける理由って聞くと、
どうしても「つらい話」「重い展開」を想像しがちだと思う。
でもさ、ここが違う。
この作品、わりと明るい。
というか、かなり明るい生活感がある。
その象徴が、川本家の食卓だ。
正直に言うと、最初は「いい話だな〜」くらいだった
川本家のシーン。
あかりさんがいて、ひなたがいて、ももがいて、
ご飯があって、会話があって。
うん、分かる。
あったかい。優しい。いい家族。
……で?
最初はそのくらいの感想だった。
「癒し枠だな」
「シリアス展開の合間のオアシスね」
そんなふうに思ってた。
でも、あるとき気づいた。
あれ?
ここ、感動シーンじゃなくない?
この食卓、感動させにきてない。だから怖い
川本家の食卓って、
- 人生について語らない
- 悩みを深掘りしない
- 「大丈夫?」すら、あんまり言わない
ただ、ご飯を出す。
「食べよっか」
「いっぱいあるよ」
「あ、これ好きだったよね」
それだけ。
なのに、読んでるこっちの胸が、
じわ〜っと苦しくなる。
たぶん理由はこれだと思う。
救いがない。
ただ、生活がそこにあるだけだから。
僕はここで初めて「泣かなくていい場所」を見た
零は、川本家で何も証明しない。
将棋の話もしない。
成績も言わない。
強がりもしない。
でも、誰も責めない。
これってさ、冷静に考えるとすごくない?
大人になると、
- 「今どうしてるの?」
- 「ちゃんとやってる?」
- 「将来どうするの?」
この質問から逃げられない。
でも川本家は、聞かない。
存在理由を一切、問いたださない。
その優しさに、僕はちょっとビビった。
「しんどい」と感じたなら、それは正常だ
この章を読んで、
「癒されるというより、なんかしんどい」
そう思った人がいたら、
僕は全力で頷く。
それ、すごく分かるよ。
だってさ。
こんな場所、
自分の人生にあったっけ?
残念ながら、僕の人生にはなかった。
あった人は、ラッキーだ。
なかった僕は、この章で胸が痛くなった。
それだけの話。
この章が泣ける理由は、「何も起きない」こと
事件は起きない。
涙を誘う台詞もない。
ドラマチックな展開もない。
でも、
「こういう時間が、人生には必要だった」
そう気づいたら。
はいおしまい。君も僕と同じ沼にはまったよ。
泣けるって、こういうことなんだなって、
この章で初めて分かった。
泣ける理由③|この作品、急に「生きてる意味とか考えなくていい?」って聞いてくる

正直、僕も最初そう思ってた。
「あれ? これ、意外と前向きな漫画じゃない?」
……うん、半分正解。
ただ、『3月のライオン』はここで急にギアを変えてくる。
まるで、気を抜いてソファに座った瞬間に、
急に人生の話を振られる、あの感じだ。
零の将棋パート、正直「地味」だと思ってた
最初に白状する。
僕は、零の将棋パートを読んでた頃、
「ああ、プロの世界って大変だな〜」くらいに思ってた。
ストイックだし、難しいし、
どちらかというと説明パート。
でも、ある巻を読んだとき、
ふと手が止まった。
あれ?
これ、将棋の話じゃなくない?
この話、「勝つ・負ける」じゃなく「存在していいか」だ
零は勝っている。
結果も出している。
周囲から見れば、ちゃんと前に進んでいる。
なのに、本人はずっと不安そうだ。
負けたら終わりな気がする。
勝っても、安心できない。
なぜか。
将棋が「夢」じゃなく、
「生きてていい理由」になってしまっているから。
これってとても辛い状態だ。
ここ、僕は笑えなかった。わりとガチで
零の独白を読んで、
僕は一瞬、笑えなくなった。
理由は簡単。
思考回路が、自分と同じだった。
結果を出してないと、
何もしてない気がする。
役に立ってないと、
存在してないみたいに感じる。
──ああ、これ。
社会に出てから、
僕が勝手に背負ってたやつだ。
「泣けない」「重い」と感じた人、安心してほしい
この章を読んで、
「重い」
「しんどい」
「正直、感情移入できない」
そう思った人。
それ、僕と同じ感じ方です。
だってこの章、
感動させにきてない。
むしろ、
「君、ちょっと無理してない?」
って静かに聞いてくるだけ。
それが一番キツい。
この章が泣ける理由は、「答え」をくれないところ
零は、ここで悟らない。
急に前向きにもならない。
人生の答えも見つけない。
でもね。
「証明し続けなくていいかもしれない」
その可能性がある事をただ伝えただけ。
この距離感って優しい。
押しつけない。
でも、逃がさない。
だから、あとからジワっとくる。
それでも『3月のライオン』はなぜ泣けるのか|明るく回収する最終回答

「号泣した?」
……たぶん、してないよね。
でも同時に、
「なんか心に残ってるな」
「ちょっと自分の話だったな」
そう感じてるなら、
それが『3月のライオン』の“泣ける”だ。
この作品、「泣かせに来ない」のが最大の強み
『3月のライオン』は本当にズルい。
名言に頼らない。
悲劇で泣かせない。
感動シーンですよ〜って顔もしない。
じゃあ何をしてるかというと、
普通に生きてる人の感情を、
そのまま描いているだけ。
泣ける理由①では、
「泣くほどじゃないけど、確実に削れた時間」を見せられた。
理由②では、
「泣かなくていい場所があること自体が救い」だと気づかされた。
理由③では、
「証明し続ける人生、ちょっと無理してない?」と聞かれた。
どれも、人生あるあるだ。
だからこの作品、「泣けない人」にもちゃんと優しい
ここがこの漫画のズルいところ。
『3月のライオン』って、
「泣けなかった人」を置いていかない。
むしろ、こう言ってる気がする。
「今は泣かなくていいよ。
その代わり、覚えておいて」
そして、
数年後。
仕事に疲れた夜とか、
何者にもなれてない気がした日とか。
ふと、この作品を思い出す。
その瞬間に、
あ、これ泣けるやつだったな
って気づく。
「泣ける漫画」じゃなく、「人生に効く漫画」
だから僕は、
『3月のライオン』をこう紹介したい。
「今すぐ泣ける漫画」じゃない。
「人生のどこかで、たぶん思い出す漫画」
学生のときは、分からなくていい。
元気なときは、ピンと来なくていい。
でも、
・ちゃんと頑張ってきた人
・泣くタイミングを逃してきた人
・強い顔を覚えてしまった人
そういう人ほど、
ある日、静かにやられる。
だから今日は、明るく言っておく
最後に、あえてノリよく言う。
『3月のライオン』は、たぶん泣ける側の漫画です。
でもそれは、
じめじめした涙じゃない。
「ああ、自分なりに生きてきたな」
って思えたときに、
ちょっと目頭が熱くなる、あの感じ。
それでいい。
それがいい。
この作品が刺さった人へ|ほかにも「あとから効いてくる漫画」がある
もしこの記事を読んで、
「泣けるって、こういうことか」
と少しでも腑に落ちたなら。
同じように、
派手じゃないのに、あとから静かに効いてくる漫画は、
『3月のライオン』以外にも、ちゃんと存在する。
僕が実際に読んで、
「これは泣いたな……」と、
あとになって気づいた作品をまとめたのが、次の記事だ。
▶ 泣ける漫画10選|今すぐ泣かなくても、人生のどこかで効いてくる作品たち
※号泣シーンや名言だけで選んでいない。
「泣けなかった自分」も置いていかない漫画を集めている。


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