30歳を目前にして、第1巻を読み返したとき、手が止まった。
笑えなかった。
あれは「痛い女」の話じゃない。
空気が変わっているのに、同じ感覚のまま立っている人間の話だ。
女子会で「もっと若かったら」と言う。
条件のいい男を夢見る。
本気を出せばまだいけると思う。
どれも、別に珍しくない。
昔なら、それで済んだ。
少なくとも、そう思えた。
でも、いつの間にか通らなくなっている。
同じことをしているだけなのに、気づいたら“痛い側”に立っている。
そこでようやく引っかかった。
あれ、これ他人事じゃない。
昔の正解を握ったまま、「まだいける」と思っているのは、僕かもしれない。
……いや、「かも」じゃないのかもしれない。
東京タラレバ娘の「女子会」は、バブルの余韻だった

第1巻の女子会は「痛いセリフ」で消費されがちだ。
でも僕が引っかかったのは、あのセリフじゃない。
あの安心しきった顔だ。
倫子・香・小雪が居酒屋に集まり、「第4出動」と言いながら酒を頼む。
「もっと若かったら」「あのときああしていれば」。
正直、楽しそうだと思った。
否定されない。笑える。
誰も「じゃあ明日どうするの?」とは言わない。
それが心地いい。
僕もやってきた。
仕事の愚痴を言って、「本当はもっといける」と言って、その夜だけは自分を有能だと思い込む。
翌朝には何も変わっていないのに。
女子会が悪いわけじゃない。
ああいう夜がなかったら、たぶん潰れる。
でも、あの空気には甘さがある。
いや、甘さというより、猶予への期待かもしれない。
「まだいける」という思い込み
「まだ選べる」「本気を出していないだけ」「本当はもっと上に行ける」――
そんな空気が当たり前に流れている。
昔なら、それでよかった。
景気は伸び、3高は現実味があり、30歳は通過点みたいな扱いだった。
少なくとも、そう信じられた。
でも第1巻の世界は、その余裕が剥がれたあとだ。
それでも同じノリで笑っている。
ここで僕は少し寒くなった。
愚かだからじゃない。
むしろ普通すぎるからだ。
周りのルールが変わったのに、自分の感覚だけ据え置きのまま。
同じことをしているだけなのに、急に「可愛い」から「痛い」に裏返る。
残酷だと思う。
でも、理不尽とは少し違う。
KEYが現れる前に、もう何かがズレている。
勝負がついている、というより、土俵が変わっていた。
KEYの「タラレバ女」は正しい。正直、ムカつくけど正しい

KEYが女子会に割って入って言う。
「タラレバ女」。
初読のとき、僕は普通にムカついた。
なんだこいつ。
女子会に水差すなよ、と思った。
でも二度目に読んだときに引っかかったのは、KEYじゃない。
倫子たちのほうだ。
言い返せない理由
「もっと若かったら」「あのときこうしていれば」と回していた会話に、KEYが割り込んで「タラレバ女」と言う。
もし完全に外していたら、笑って終わる。
でも笑えない。
反発はする。けど、止まる。
あの一瞬の間。
あれがすべてだと思った。
KEYは優しくない。
言い方も最悪だ。
正直、ああいうタイプはだいたい嫌われる。
でも。
あいつ、間違ってない。
……言うのは癪だけど。
人格として好きかと聞かれたら、今でも嫌いだ。
飲み会にいたら距離を取ると思う。
でも内容は正しい。
もうそのテンションで押し切れる空気じゃない。
若さは無限じゃないし、「最後に選ばれる」保証もない。
冷酷? まあ、そう見える。
でも説教とは少し違う。
ただ、状況が変わっているだけだ。
僕がいちばん嫌だったのはKEYじゃない。
あの言葉に、自分も少しうなずいてしまったことだ。
あの瞬間、女子会はただの楽しい時間ではいられなくなる。
「本当はわかってるだろ?」と突きつけられる。
KEYは敵じゃない。
嫌な役をやっているだけだ。
いや、役というより、ああいうことを言う側にもう回っている人間だ。
刺さるのは、彼が意地悪だからじゃない。
たぶん、図星だからだ。
早坂ディナー――勝った気でいたのに、何も始まっていなかった

女子会はみんなでぬるい。
でも早坂とのディナーは、一人でぬるい。
こっちのほうが痛い。
「大事な話がある」を勝手に祝福する
早坂の「大事な話がある」を、倫子はもう告白だと決めている。
誰もそう言っていないのに。
頭の中ではもう付き合っている。
帰り道の景色までうまくいっている。
まだ始まってもいないのに、少し勝った気になる。
ここ、ほんとに嫌いだ。
「それってどういう意味?」って聞けばいい。
それだけだ。
でも聞かない。
終わるかもしれないから。
続くかもしれない未来のほうが、今は気持ちいいから。
白黒つくより、グレーのままのほうが都合がいい。
……わかるけど。
正直に言う。僕もやった。
告白めいた空気の夜に、核心を聞かなかった。
返信すれば答えが出るのに、スマホを伏せたまま寝た。
そのほうが楽だった。
何者でもない現実より、
何者かになれるかもしれない可能性のほうが甘い。
結果は、別の女性の相談。
ここで「失恋」と言えばきれいだ。
でも違う。
これは負けた話じゃない。
最初から勝負していない話だ。
そして、こういう「勝負していない話」は、この作品だけじゃない。
東村アキコの『カクカクしかじか』努力から逃げた僕に刺さった、東村アキコの実話も同じだ。
あれもまた、本気でやるべき努力から目を逸らし続けた人間の物語だった。
逃げた時間は、その場では静かだ。
でも、あとでまとめて返ってくる。
倫子は悪くない。
でも、ずるい。
怖いから確かめない。
可能性の中に座り込む。
僕はこの場面、共感より先にイラついた。
いや、違うな。
イラついたんじゃない。
自分を見せられた感じがして、腹が立ったんだと思う。
箱根――崩れたあと、人は立て直さない

早坂に選ばれなかった。
企画も通らない。
脚本家としても、女としても、結果が出ていない。
ここまで来ると、さすがに笑えない。
「まだいける」という顔が、もうできない。
一人で飲む夜は、戦略じゃない
倫子は一人で飲みに行く。
企画を直すわけでも、誰かに電話するわけでもない。
とりあえず飲む。
わかる。
詰んだ夜に、いきなり正解なんて探せない。
まずは少しだけ軽くなるほうに流れる。
そのまま箱根に向かう。
東京の景色から逃げるみたいに電車に乗って、
温泉に浸かるころには、なんとなく区切りがついた気になる。
でも動いたのは場所だけだ。
状況はそのまま。
2023年の冬、僕も似たことをした。
企画が一本飛んだ夜、
中央線の終電に乗って三鷹まで行き、そのまま折り返した。
理由なんてない。
改札を出る気にもならなかった。
ホームの蛍光灯がやけに白くて、
それが妙に腹立たしかったのを覚えている。
意味はない。
ただ家に帰りたくなかった。
スマホを見ればメールがある。
開けば締切が並んでいる。
だから見なかった。
翌朝、当然なにも解決していなかった。
倫子の箱根も、たぶん同じだ。
逃げたから悪い、とは言えない。
僕も逃げた。
でも。
立て直しもしなかった。
そこが痛い。
不安の正体――気づいたときには、もう時間が減っている

ここまで読んで、「結局、不安の話か」と思うかもしれない。
たしかにそうだ。
でも僕が引っかかっているのは、感情そのものじゃない。
女子会で笑う。
告白だと決めつける。
箱根に逃げる。
どれも珍しくない。
むしろ、普通だ。
読んでいて何度も「わかる」と思った。
少し先延ばしにする。
聞けば終わることを聞かない。
楽なほうに流れる。
その夜は平気だ。
本当に平気だ。
問題は、あとから来る。
ある日ふと、年齢や立場が動いていることに気づく。
自分はそんなに変わっていないのに、
周りの基準だけが静かに動いている。
その瞬間、胸の奥がざわつく。
ああ、これか、と思う。
これを僕は不安と呼んでいる。
努力が足りなかったから、とは思わない。
ただ、前の感覚のまま立っていたと気づくだけだ。
バブルの残像、と言えば簡単だ。
「最後はなんとかなる」
「そのうち選ばれる」
そう思っていたわけじゃない。
でも、どこかで甘えていた。
KEYが正しいと言い切る理由はそこにある。
正直、ああいうやつは職場にもいる。
だいたい嫌われる。
でも、だいたい正しい。
それがいちばん腹立たしい。
いまでも全部は受け入れられていない。
楽な夜もある。
可能性に逃げる瞬間もある。
たぶんまたやる。
いや、やる。
でも、第1巻を読んでからは、
「あ、これ前と同じだ」と気づくのが少しだけ早くなった。
それだけだ。
それだけなんだけど、
それがない頃よりは、たぶんマシだ。

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