『聲の形』あらすじより“泣ける理由”を語りたい|心に残る名作解説

漫画レビュー

結論:『聲の形』が泣けるのは、いじめの「その後」と、謝っても元に戻らない人間関係を、ありのままに描くからです。

『聲の形』は、「泣ける漫画」として紹介されることが多い作品です。

でも実際に読んでみると、単に悲しい出来事が描かれているから泣ける……という話ではないと気づきます。

この物語が読者の心を強く揺さぶる理由は、いじめの“その後”や、謝っても解決しない現実の人間関係を、ありのままに描いている点にあります。

検索でも「聲の形 泣ける」と調べる人が多いけど、泣かせにくる演出よりも、“現実のしんどさ”が刺さって涙が出るタイプの作品です。

本記事では、『聲の形』のあらすじを短く整理しつつ、なぜ「泣ける」と感じられるのかを具体的にしていきます。

あわせて、「どんな人に刺さる作品なのか」「感動作で終わらない理由」についても掘り下げます。

※本記事は、漫画レビュー・考察を専門に発信している筆者の視点で執筆しています。

『聲の形』のあらすじ|過去のいじめと、再会から始まる物語

『聲の形』のあらすじ。小学生時代のいじめと再会までの流れを示すイメージ子どもの残酷さは、悪意よりも「無知」から生まれます。

たとえば、相手の事情を知らないままからかったり、周りが笑っているから止められなかったりする――そういう「軽さ」が、いじめを大きくしてしまう。

僕も、学生時代に「やめろ」と言えなかった側の気持ちは分かる。だからこそ、この作品の序盤は他人事になりません。

この章では「聲の形 あらすじ」として、物語の骨格をネタバレ過多にならない範囲で整理します。先に言っておくと――この作品は、いじめが終わった後の時間まで描きます。

いじめは“その場”で終わらない。
悪いと思っていても謝れないままだと、気まずさが自己否定に変わって残り続ける。結局そこが一番しんどい。

『聲の形』は、この「いつまでも終わってない感じ」をはっきり描いた作品です。
心当たりがある人ほど、読んでいて感情が動きやすい。

小学生編|“加害者”だった石田将也

物語は、小学生の石田将也がクラスの中心にいるところから始まります。そこへ、耳の聞こえない転校生西宮硝子がやって来る。

最初は「珍しさ」や「好奇心」だったはずのものが、少しずつ形を変えます。意思疎通の難しさ、周囲の視線、そして教室の空気。

将也の“ちょっとしたちょっかい”は、いつの間にかいじめへと滑り落ちていく。

ここで僕が怖いと思ったのは、将也が最初から悪意の塊として描かれていないことです。

怖いのは、誰か一人が悪人だからじゃない。クラス全体の空気が、それを「面白いもの」として扱い、止める人がいなくなること。その構造が現実に近い。

孤立する将也|いじめの“その後”は描かれないと思っていないか?

やがて問題が表面化すると、教室は“正しさ”を求め始める。そして、最も分かりやすい結論に飛びつきます。

責任の集中です。

将也は一気に立場を失い、今度は自分が「無視される側」へ落ちていく。ここで物語は、視点を反転させます。

僕がこの展開を評価している理由はひとつ。いじめを「した側の人生」も、そのまま放置しないからです。

いじめをした側は、その後どう生きるのか。後悔はどこへ行くのか。罰は誰が与えるのか。

『聲の形』は、こうした“描かれにくい時間”まで描くことで、読者に問いを突きつける。「本当に、終わったことにしていいのか?」と。

再会編|謝罪は、救いにならないこともある

時は流れ、高校生になった将也は、人と目を合わせることができなくなります。

過去のいじめが原因で、他人と関わるたびに「拒絶されるかもしれない」という恐怖が先に立つようになったからです。

そんな将也が選ぶのは、硝子と再会すること。目的はひとつ――謝るため

ただし、この再会は「謝ったから関係が修復される」という展開にはなりません。

硝子は将也を強く拒絶しない。だが、それは許したという意味でも、過去が解決したという意味でもない。

将也が何度謝っても、二人の距離はすぐには縮まらない。会話は続かず、気まずさだけが残る場面も多い。

ここで描かれているのは、謝罪が必ずしも相手を楽にするわけではないという現実です。

相手を気遣う言葉や態度が、かえって「自分が悪かったのではないか」と硝子に考えさせてしまう場面もある。

この再会から始まる関係は、恋でも友情でもない。

失敗しながら距離を取り直し、「どう接すれば相手を傷つけないか」を探り続ける関係です。

『聲の形』は、その不器用で時間のかかる関係性を、途中で切り捨てずに描いています。

『聲の形』が泣ける理由①|この物語は“誰も完全に正しくない”

誰か一人を悪者にできない『聲の形』の構図を説明する章のイメージ「泣ける漫画」と聞くと、分かりやすい悲劇や自己犠牲を想像する人も多いでしょう。

だが『聲の形』は、そうした構図をほとんど使いません。

この物語が強く印象に残るのは、誰か一人に責任を押し付けて終われない作りになっているからです。

登場人物は、極端な悪人でも、最初からの完全な被害者でもない。
ただ、“小さな判断ミス”が積み重なった結果、加害者と被害者という立場ができあがってしまう。

誰かを悪者にできる物語なら、もっと楽に読める。
でも『聲の形』は、読者を自分事として巻き込みます。そこが泣ける理由です。

悪役が存在しない世界の怖さ

将也は、最初から冷酷な人間として描かれてはいない。硝子を傷つけた行為は事実だが、本人は深く考えずに行動してしまう。

クラスメイトは笑い、誰も止めない。教師も問題を先送りにする。

その結果、いじめは特定の一人の問題ではなく、教室全体の判断ミスとして広がっていきます。

この構造が怖いのは、「自分は関係ない」と言い切れないからです。

読者は、止めなかった側、見ていただけの側として物語を読まされる。

「見て見ぬふり」をした側の罪

『聲の形』では、直接手を出さなかった人物たちも描かれます。

何も言わなかった。笑ってやり過ごした。関わらないよう距離を取った。

それらはその場をやり過ごすには有効でも、結果として硝子を一人にした行動でもある。

この部分をうやむやにしないから、読者は安心して「感動した」で終われません。自分にも似た選択をした記憶があることに気づいてしまうからです。

読者が無意識に自分を重ねてしまう瞬間

将也の行動を全面的に肯定することはできない。

同時に、完全に切り捨てることもできない。

この中途半端な立場に置かれることで、読者は自分の過去を思い出します。

言えなかった一言、止められなかった場面、違和感を覚えながら何もしなかった経験。

『聲の形』は、それらを正解・不正解で裁かない。ただ、「その選択のあと、人はどう生きるのか」を描きます。

僕はこの時点で、この作品が単なる感動作ではなく、自分の行動を振り返らせる物語になっていると感じました。

『聲の形』が泣ける理由②|赦しは、こんなにも不器用だ

謝っても関係がすぐに修復されない『聲の形』の赦しを扱う章のイメージ多くの物語では、「謝る→許される」という分かりやすい流れが用意されています。

でも『聲の形』では、謝罪がそのまま関係の回復につながることは少ない。現実に近い形で描かれます。

だからこの作品では、謝っても状況がすぐに変わらない時間が続く。

「許す/許さない」の前に、そもそも関係を続けること自体が難しい。ここを描くからこそ胸に残ります。

謝っても、すぐに許されない現実

将也は硝子に何度も謝る。しかし、その謝罪が相手の気持ちを軽くする場面はほとんど描かれない。

硝子は将也を強く責めないが、その態度は「許した」ことを意味しない。

むしろ彼女は、「自分が我慢すればいい」「自分にも原因があったのかもしれない」と考えてしまう。

この場面では、謝罪が相手の痛みを解消するわけではないという事実が描かれています。

赦しとは問題の解決ではなく、迷いながらも関係を「続けること」を選び続ける行為として描かれている。

優しさが、距離を生むこともある

硝子は将也を拒絶しないが、積極的に距離を縮めることもしない。

会話は続かず、沈黙が増え、気まずさだけが残る場面も多い。

将也は「近づけばまた傷つけるかもしれない」と考え、踏み出せなくなる。

このやり取りから分かるのは、相手を思いやる態度が、必ずしも関係を前進させるとは限らないということです。

会話が途切れ、距離を取り直し、失敗を重ねながら、少しずつ関係の形を探っていく必要がある。

赦されることで、救われるのは誰か

物語が進むにつれ、読者は考えさせられます。

赦しは、被害者のためのものなのか。それとも加害者のためのものなのか。

『聲の形』は、どちらか一方だけが楽になる構図を選ばない。

硝子は将也を完全に許すわけではないが、関係を断ち切ることもしない。

将也もまた、許されたという安心ではなく、「どう関わればいいのか」を考え続ける。

僕はこの描写を見て、赦しとは誰か一人を救う行為ではなく、関係を続けるために両者が負担を背負う選択だと感じました。

名シーンで読み解く『聲の形』|心に残る瞬間たち

『聲の形』の名シーン解説。×印の演出を通して人と向き合えるようになる変化を示すイメージ『聲の形』は、感情を言葉で説明する場面が少ない作品です。

長いセリフで気持ちを語るより、表情や行動の変化で心情が伝えられる。

名言の多さで押す作品ではなく、言葉にされなかった感情が、具体的な場面として示される瞬間がある。だから強く残ります。

×印が外れるシーンの意味

物語の中で、将也の視界には他人の顔に×印が重なって見える。

これは、将也が人と目を合わせることを避け、他人との関係を遮断している状態を視覚的に表した演出です。

過去のいじめによって、将也は「どうせ拒絶される」と考え、人と向き合う前に距離を取るようになっている。

物語が進むにつれ、その×印が一つずつ消えていく。

特別な事件や大きな決断があるわけではない。ただ、誰かと会話をし、同じ時間を過ごす場面が積み重なっていく。

この変化が印象的なのは、人と関われるようになる過程が段階的に描かれているからです。

「生きてていい」と言われることの重さ

『聲の形』には、「頑張れ」「君は悪くない」といった直接的な励ましの言葉はほとんど登場しない。

代わりに描かれるのは、誰かがそばにいる時間が続くことです。

将也が抱えているのは、過去への罪悪感だけではない。「自分は人と関わっていいのか」「ここにいて迷惑ではないのか」という不安がつきまとっている。

この不安に対して、作中の人物たちは言葉で答えを与えない。

一緒に歩く、同じ場所にいる、会話が途切れても立ち去らない――そうした行動が積み重なることで、将也は少しずつ居場所を実感していきます。

読後に残るのは「感情を整理する時間」

人は、痛みの理由を説明されるだけでは、必ずしも救われません。

『聲の形』が多くの読者の心に残るのは、後悔や罪悪感を否定せず、それを抱えたまま生きていく姿を具体的に示しているからです。

後悔していること、許せない気持ちが残っていること、答えが出ないままであること。

それらを「間違い」と断じず、物語は進んでいく。その姿勢が、読後に考える時間を残します。

『聲の形』はどんな人に刺さる漫画か?

過去の後悔や人間関係の不安を抱える人に刺さる『聲の形』を説明する章のイメージ『聲の形』は、誰が読んでも気持ちよく感動できるタイプの作品ではありません。

読後に前向きな気分だけが残る物語でもない。

過去の出来事や人間関係を思い返してしまう人ほど、強く反応しやすい作品です。

調子がいい時はスルーできても、沈んでいる時ほど引っかかる場面がある――僕はそう感じました。

過去の失敗を、まだ心の中で反芻している人

夜、何気ないきっかけで昔の出来事を思い出してしまう。

「あのとき、違う言い方をしていれば」
「あの場で、止めることができたかもしれない」

そんな後悔を、時間が経っても完全には手放せずにいる人は多いはずです。

『聲の形』が強く響くのは、そうした記憶を抱えたまま日常を送っている人たちだと思います。

人間関係に、どこか怖さを感じている人

人と話すこと自体が負担に感じるようになった。

好意を向けられても、どう応じればいいか分からない。

『聲の形』は、こうした状態を特別なものとして扱いません。

過去の経験によって距離感が慎重になるのは自然なことだ、と描きます。

作中の人物たちは人間関係を「うまくこなす」ことができない。けれど、断ち切らず、失敗しながら関わろうとする。その姿勢が物語の中心にあります。

「自分はここにいていいのか」と考えてしまう人

周囲から責められているわけではないのに、自分に対して厳しくなってしまう。

居場所があるはずなのに、そこにいて迷惑ではないかと考えてしまう。

物語は、「大丈夫だ」と言葉で保証することはしません。

代わりに、間違えた過去を抱えたままでも、人と同じ場所に立ち続ける姿を描きます。

僕は、この点にこそ、この漫画が読者に残す一番大きな価値があると思っています。

まとめ|『聲の形』は、過去を消す物語じゃない

『聲の形』のまとめ。過去は消えなくても人と関わり続けるテーマを示すイメージここまで読んで、胸が痛くなった人もいると思います。

ご覧の通り、『聲の形』は、出来事が都合よく解決する物語ではありません。

過去の失敗が帳消しになったり、痛みがなかったことになる――そんな展開は用意されていない。

読み終わってもスッキリしない。けれど僕は、そのスッキリしない感じこそが、この作品の誠実さだと思いました。

『聲の形』が伝えたいことは、過去を修正できるという話ではありません。

間違えた経験を抱えたまま、今日をどう生きるかを問い続ける物語です。

謝っても、関係が元に戻らない。
優しくしても、距離が縮まらない。

それでも人は、人と関わらずに生きていけない。

将也や硝子も、何度も関係につまずき、立ち止まる。
それでも完全に投げ出すことはできず、どう関わっていくかを試行錯誤する。

もしこの作品を読んで強く感情が動いたなら、それは特別な感受性があるからではありません。

自分の過去の経験と重ね合わせながら読んでいた、というだけのことです。

『聲の形』は、感動を目的にした作品ではない。

誰にでもあるだろう「赦しを得たい過去」を思い出させ、さらに「そのままでいいのか?」と問いかけてくる物語です。

読むなら、気持ちが元気な日に読むより、少し沈んでる日に刺さると思います。
逆に今しんどい人は、無理に読まなくていい。これは逃げじゃなく、ちゃんとした判断です。

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よくある質問(FAQ)

Q. 『聲の形』は本当に泣けますか?

正直に言うと、いわゆる「泣かせにくる演出」が多い作品じゃない。

ただ、過去の後悔とか、人間関係で引っかかった経験がある人ほど、読んでて感情が動きやすいと思う。

読み終わったあとに号泣するというより、読んでいる途中で何度も手が止まって、考え込んでしまうタイプの「泣ける」作品だな、と僕は感じました。

Q. いじめ描写はきついですか?

楽に読めるかと言われたら、正直きつい場面はあります。

ただ、怖がらせるためとか、残酷さを強調するための描写じゃない。

この物語を描くうえで避けて通れない出来事として、淡々と描かれている印象です。

もし読んでいてつらくなったなら、それはあなたが弱いからじゃなくて、現実と重なる部分があったからだと思います。

Q. 原作漫画と映画、どちらがおすすめ?

僕のおすすめは、求めているもの次第です。

登場人物の気持ちや迷いをじっくり追いたいなら、原作漫画の方が向いてる。

一気に観たいなら、映画版もかなり良い。

同じ話でも受け取るポイントが変わるから、余裕があれば両方触れてみてほしい。

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