『カクカクしかじか』努力から逃げた僕に刺さった、東村アキコの実話

漫画レビュー

【あらすじ】
『カクカクしかじか』は、漫画家・東村アキコが高校時代に出会った恩師・日高先生との日々を描いた自伝的マンガ。デッサンの特訓、逃げ、後悔、そしてプロ漫画家になるまでの実話が綴られている。

映画『カクカクしかじか』のCMがやけに目につく。

なんとなく原作漫画を開いた。軽い気持ちだった。
読み終わったあと、机の上の白いメモ帳がやけに明るく見えた。

東村アキコは、自分をYDK(やればできる子)だと思っていた。
課題はあと回し。締切が近づいてから慌てる。
デッサンを描かないまま教室に行く。

ちょっと待て。
会社員をしながら副業で記事を書いている僕には、痛いほど分かった。それ、僕だろ。

やればできる。
今は本気を出していないだけ。
本気を出せば、たぶん通用する。

そう言いながら、白い紙を白いまま閉じてきた。

作中で明子は、やっていない宿題を「やりました」と言う。
僕も似たことがある。

書いていない原稿を「ほぼできてます」と言ったことがある。

ページをめくるたびに、逃げた日の明子と、格好を守った日の僕が重なった。

この物語は東村アキコ自身の体験をもとに描かれた自伝的マンガだと、インタビューで語られている。

作られた教訓じゃない。実際にあった「やらなかった日」の記録だ。

「この話はほぼ実話です」と、東村アキコ本人がインタビューで語っている。それを読んだとき、作り話として逃げられなくなった。※参考:このマンガがすごい!WEBインタビュー

読み終わったあと、僕は机を見た。

白い紙がある。
途中で止まった原稿がある。

本気を出すのが怖いんじゃない。
本気の自分を見せるのが怖い。

それでも、閉じるか、描くか。
いまはその二択しかない。

※本文では、作中の学生時代を「明子」、現在の漫画家としての姿を「東村アキコ」と表記する。

『カクカクしかじか』における努力とは何か

白い紙と鉛筆が置かれた机

明子はデッサンを描かないまま教室に行く。「やればできる」と思っているから、その日は描かない。まだ本気を出していないだけだと、自分に言いきかせる。

デッサンを描かなかった日(宿題を出せなかった)

明子は絵画教室の宿題のデッサンを描かないまま教室に行く。紙は白い。線がない。机に座った時間はあるのに、結果は残っていない。

描けなかったんじゃない。
机には座っていた。ただ、鉛筆を持たなかった。

描いて下手なら、下手な線が残るが、描かなければ、何も残らない。
デッサンの才能の問題じゃない。
鉛筆を持つか、持たないかだ。

そのほうが楽だ。
「本気じゃなかった」と言えるから。

若かったから、まだ本気じゃなかったから、と言い換えることもできる。漫画家になりたいと言ったあとで、デッサンを描かない。その並びが、僕にはごまかしに見えた。

僕はここで、自分のメモ帳を思い出した。やると言って、白いまま閉じたページのことを。

やっていないのに「やった」と言った瞬間

明子は先生の前で取り繕う。やっていない宿題を「やりました」と言う。先生は紙と手元を見て反応する。

僕にはこの一言が一番痛い。嘘は相手をだますためじゃない。本気でやって通用しなかった自分を、まだ確定させないための延命だ。

厳しい先生が怖かった、で済ませることもできる。でも明子が「やらなかった」その事実だけは動かない。

行けるのに行かなかった日

夕暮れの駅前で立ち止まる人物の後ろ姿

派手に負けた日は、その場で終わる。

あとから効いてくるのは、「やる」と思ったのにやらなかった日だ。

会いに行けるのに、行かなかった(報告を後回しにした選択)

明子は日高先生に会える状況にある。それでもその日は行かない。「行かなきゃ」と言いながら、別の用事を優先して一日を終わらせる。

時間がないわけじゃなく、行けないわけでもない。ただ、その日は行かないと決めている。

忙しかっただけ、と言いたくなる気持ちは分かる。仕事が詰まる日もある。けど作中の明子は迷っている。行こうかどうしようか迷って、やめる。

僕はこの迷った末の結果は「偶然」じゃなく「選択」だと思う。選べたのに、選ばなかった。

病気の話が出てからも、動かなかった日

日高先生の体調の話を聞いたあとも、明子はすぐに動かない。電話もできる。帰省もできる。手紙も書ける。それでもその日は何もしていない。

明子は先生から逃げたのではない。会いに行った瞬間、まだやり始めていない自分をさらけ出すことになるから。それを直視する時間が始まる。だから動かない。

「誰でもそうだ」と言われたら、たぶん僕も頷く。けど明子は動かなかった。その結果、会えなかった時間が残った。

才能か努力か──『カクカクしかじか』が示した現実

締切前に机に向かう漫画家の手元

ここからは「逃げなかった日」じゃない。

逃げられなかった日の話だ。

原稿を落とせない日(締切の前に座った)

東京で漫画の仕事が始まってからも、明子は迷う。自分の絵で通用するのか分からない場面もある。

それでも締切は来る。机の前に座り、ネームを切り、原稿用紙にペンを入れる。

これは覚悟じゃなく、ただの締切だ。
必要だったのは才能じゃなく、椅子に座るという努力だった。

出さなければゼロになる。白いままなら掲載はない。

だから座って、ひたすら描く。

「プロだから当然」と片づけるのは簡単だが、作中の明子は、余裕の顔で描いていない。

迷いながら、線を引き震えた手で、それでもページを埋めていく。

才能のことは分からない。
でも、椅子に座っていた時間は消えない。

単行本として残ったページ

描いた原稿は雑誌に載り、やがて単行本になる。紙に印刷され、本棚に並び、いま僕の手元にもある。

ここからは言い逃れできない。ページは存在している。インクが乾いている。重みがある。それは「やる気」じゃない。座って描いた時間の結果だ。

才能の話を持ち出すこともできる。でも、白い紙のままでは本は出ない。ページがここにあるということは、描いた日があったということだ。

本気が怖いんじゃない。崇高な自分が崩れるのが怖い

作業着のままプレゼントを持つ男性

人は失敗を恐れて行動を止めると言う。

でも僕は、失敗と同じくらい、見栄が行動を止めていると思っている。

先生に見せられなかった現在地

明子はギャグ漫画を描いていた。

日高先生に教わったのは、デッサンであり、人体であり、基礎だった。
「ちゃんと描け」と叩き込まれた時間だ。

それなのに、自分が描いているのは変顔のギャグ。
叫ぶキャラ。誇張された表情。

先生に会いに行けば、その現在地を見せることになる。

僕は明子の気持ちがよく分かる。

怖いのは失敗じゃない。
先生の前で、「自分はこうなりました」とさらけ出すことだ。

崇高な作品を描いていると思われていたい。
技術を受け継いだ立派な弟子でいたい。

そのイメージが壊れるのが怖い。

僕が言えなかった仕事

学生時代、下水工事の現場で短期バイトをした。

当時付き合っていた彼女の誕生日にプレゼントを買うためだ。
安いネックレスだったけれど、彼女は本気で喜んでくれた。

下水の匂いが染みついた作業着のまま、僕は店に入った。
ネックレスを買えたとき、少しだけ誇らしかった。

でも、言えなかった。

「これ、下水道で働いて買ったんだ」とは言えなかった。

きれいな自分でいたかったからだ。

怖くて逃げたのは努力なのか?

明子が先生に会いに行かなかった日。

僕が下水の話をしなかった日。

努力が嫌だったというより、かっこ悪い自分を見られるのが嫌だった。
努力そのものより、「努力している途中の姿」が怖かった。

白い紙と、乾いたインク

インクが乾いた原稿と白いメモ帳

『カクカクしかじか』に奇跡はない。

白い紙のまま終わった日もあれば、締切の前でペンを動かした日もある。

デッサンを描かなかった日、明子の紙は白いまま。
先生に会いに行かなかった日、時間だけが過ぎる。
だから、線も形も残っていない。

でも、机に座って描いた原稿は雑誌に載り、単行本になり、本棚に並ぶ。ページをめくれば物語がある。

描かなきゃ、机の上はずっと白い。
努力って、特別な気合いじゃない。白い紙に線を足す回数のことだ。

「努力できない自分」だと思っていたのは、
机に向かわなかった日が続いたからだ。

僕の机に白いままの紙がある。
途中で止まった原稿がある。
「あとでやる」と書いたメモがある。

正直に言うと、この記事も一度閉じた。
机から立って、コーヒーを入れて、スマホを触った。

戻る理由なんてたいしたものじゃない。
なんとなく、椅子に座り直しただけだ。

描くか。
それとも閉じるか。
正直、まだ分からない。

もし今、他にも泣ける漫画を探しているなら、こちらで泣いてみて。▶ 泣ける漫画10選

コメント

タイトルとURLをコピーしました