ハイキュー影山飛雄はなぜ「王様」と呼ばれ続けたのか|独裁者から信頼される王様への変化を考察

漫画レビュー

正しいことを言っているのに、なぜか周囲から浮いてしまう人がいます。

『ハイキュー!!』の影山飛雄も、最初はそういうキャラでした。中学時代は「王様」と呼ばれ、その厳しさゆえに孤立していた。それなのに高校では、同じように高い要求を出しながら、仲間に認められる存在になっていきます。

影山のおもしろさは、そこです。丸くなったから受け入れられた、という話では、たぶん足りません。

読み返してみると、変わっていたのは性格そのものより、要求の通し方でした。日向がいたから、影山は王様であること自体を捨てずに済んだ。しかも日向の要求に対して、引くのではなく、自分のトスをもっと高いところまで持っていった。その変化が、独裁者だった王様を、信頼される王様へ変えていったように見えます。

影山の「王様」は、どこで消えずに残り、どこで意味を変えたのか。初期の変人速攻から、音駒戦、そしてチーム全体へ広がっていくトスの変化まで追いながら見ていきます。

ハイキュー影山飛雄の「王様」はどこに残っていたのか

体育館のコートで、影山飛雄が厳しい表情でトスを上げ、日向翔陽が跳び込もうとしている場面

烏野に入ったばかりの影山飛雄は、誰に対しても中学時代と同じ調子で振る舞っていたわけではありません。けれど、日向に対してだけは最初からかなり違う。その差を見ると、影山の王様っぷりがどこに残っていたのかが見えてきます。

日向以外には、一時的に慎重になっていた

中学時代に孤立した影山は、烏野に入ってすぐ、誰にでも強く要求を出していたわけではありません。

まずは合わせるようなトスを選ぶ。強く引っぱるより、いったん様子を見る。そういう慎重さが、この時期の影山にはありました。

中学での失敗を引きずっていたと考えると、このぎこちなさはむしろ自然です。王様っぷりが消えたというより、日向以外には一度ブレーキがかかっていた。烏野序盤の影山は、そのくらいの温度でした。

それでも日向には、最初から高い要求をぶつけていた

ただ、その影山が日向に対してだけは、最初から強く出ています。

変人速攻は、原作1巻第4話「最強の味方」で原型が描かれ、原作2巻第8話「頂の景色」で初めてはっきり成功します。

この速攻では、ブロックの位置も、助走も、ジャンプの高さも、影山が全部計算してトスを送る。そして日向は目をつぶって、そのボールを叩く。

ここでまず目につくのは、影山が日向にかなり強い形で要求を通していることです。日向はその要求を拒むどころか、身体ごと受け止めてしまう。だから影山は、日向に対してだけは最初から中学時代に近い強さで振る舞えていたんだと思います。

烏野序盤の影山は、誰に対しても同じように振る舞っていたわけではありませんでした。日向以外には慎重で、日向に対してだけは強い。この差が、影山の王様っぷりがどこに残っていたのかをいちばんよく表しています。

変人速攻は影山飛雄の王様っぷりをどう変えたのか

影山飛雄が精密なトスを上げ、日向翔陽が空中でボールを見ながらスパイクに入る場面

影山は、日向に対して最初から高い要求をぶつけていました。ただ、その通し方までずっと同じだったわけではありません。変人速攻が止められたあと、日向は「見て打つ」側へ踏み込みます。影山が変わるのは、そのあとです。

音駒戦で日向が「トスを見る側」へ踏み込んだ

初期の変人速攻では、日向は目をつぶって跳び、影山が決めた正解をそのまま実行していました。つまり、影山一人で完結する技と言っても過言ではなかったのです。

その変人速攻が止められてしまいます。原作4巻第33話「“繋ぐ”ということ」から第34話「再戦を誓って」にかけてです。

この場面で大きいのは、速攻が通じなかったことだけではありません。日向が「打たされる側」のままで終わることに納得せず、自分で見て打つ側へ踏み込んだことです。

目をつぶって叩くだけなら、影山が全部を決めればよかった。でも、日向が自分で見て打つなら、空中で何をするかは日向の判断に委ねられる。変人速攻はこの時点で、影山一人で完結する技ではなくなりました。

影山は譲ったのではなく、トスの精度を上げた

日向が「見る側」に回ったとき、影山が選んだのは要求を下げることではありませんでした。

その流れが本格的に描かれるのが、東京合宿編の原作10巻第85話「雑食」から11巻第97話「上」にかけてです。

日向が見て打つなら、セッターはただ打てる場所に上げるだけでは足りません。自分で判断した日向が、それでも一番強く叩ける場所へ、もっと正確にボールを通さなければならない。

影山はそこで、引くのではなく、トスの精度を上げる方向へ進みました。日向の要求に対して、性格を丸くして応えたのではない。技術を上げて応えたんです。

「打てるトス」から「見て打てるトス」へ変わった

初期の影山のトスは、極端に言えば「ここにいれば決まる」というトスでした。

けれど新しい速攻では、日向が自分で見て、自分で選んでも打ち切れることが前提になります。しかもそのうえで、一番強く叩ける一点へボールが来る。

原作11巻第97話「上」まで読むと、変わったのは速攻の形だけではないとわかります。日向の要求に応え続けるために、影山のトスそのものが別レベルに進化している。進化した変人速攻のおもしろさは、そこにあるのです。

影山の王様っぷりは、なぜ信頼として返ってきたのか

試合中のコートで、影山飛雄がチームメイトへトスを送り、周囲の選手が連動して動いている場面

日向に向けて磨かれた影山のトスは、そこで終わりませんでした。青葉城西との再戦、白鳥沢戦、稲荷崎戦と追っていくと、その変化が日向以外のスパイカーにも広がっていくのが見えてきます。ここで大きいのは、技術が広がったことだけじゃありません。自分を曲げずに磨いたものが、初めて周囲からの信頼として返ってくる。ここが、影山が周囲に信頼される王様に進化を始めるスタート地点なんです。

青葉城西との再戦で、影山は「自分だけの正解」から動き始めた

それがはっきり見え始めるのが、青葉城西との再戦が決着する原作17巻第145話「極限スイッチ2」から第150話「ごあいさつ」にかけてです。

中学時代の影山は、自分の考える正解をそのままチームに通そうとしていました。けれど青葉城西との再戦を読むと、この頃の影山は、「自分の正しさを通すこと」だけで動いているようには見えません。

味方が一番強く出られる場所を探し、そこへ通す。その重心が少しずつ前に出てきます。自分の中にある正解だけで完結するのではなく、味方の力がいちばん伸びる場所に正解を置こうとしている。影山の視線が変わり始めたのは、このあたりからだったはずです。

白鳥沢戦で、影山のトスは日向だけの武器ではなくなった

その変化がはっきり広がるのが、白鳥沢戦の原作19巻第163話「月の輪」から20巻第180話「こだわり・2」にかけてです。

この頃の影山のトスは、ただ「ここなら打てる」という場所に上がっている感じがしません。打つ側が、自分の力をいちばん強く出せるところへ通っている。

だからスパイカーは、影山に合わせているというより、自分のプレーが一段上がった感触を受け取りやすくなる。影山の厳しさはそのままでも、そこに乗ったときの手応えが変わってくるんです。ここまで来ると、影山のトスは日向だけの特別な武器ではなく、チーム全体の力を押し上げる武器になっていたんだと思います。

稲荷崎戦で、あの王様っぷりがようやく味方に届いた

その先で見えてくるのが、稲荷崎戦終盤の原作33巻第288話「空腹の伝染」から第293話「約束の地」にかけてです。

この頃の影山は、もう高い要求を隠していません。味方にもっと上を求める姿勢も、中学時代から続く王様っぷりも、そのまま残っています。

それでもチームが壊れないのは、影山のトスが味方の力を引き出すものとして返ってきているからです。ここまで来ると、影山の厳しさは、ただ怖いものではなくなっている。日向に向けて磨いた技術が、チーム全体の中で機能し始めたからこそ、あの王様っぷりは、ようやく孤立の理由ではなく信頼される理由として味方に届いたんです。

王様が教えてくれる、人が信頼される条件

観客席のある体育館で、影山飛雄が強い眼差しで前を見つめながら立つ場面

影山の変化を見ていると、信頼は「先に心を開いた人」に返ってくるとは限らないんだと感じます。影山は最後まで王様のままでした。先に丸くなったわけでもないし、要求の高さを引っ込めたわけでもない。それでも周囲が影山を受け入れるようになったのは、そのトスが味方の力を引き出すものに変わっていったからです。

もちろん、影山が高校で周囲を認めるようになったこと自体は事実です。だから「影山は丸くなった」「仲間を信じられるようになった」と整理したくなるのもよくわかります。ただ、そのまとめ方だけだと、後半に入っても消えていない影山の王様っぷりがうまく説明できません。要求の高さも、味方をもっと上へ押し上げようとする姿勢も、そのまま残っているからです。

高い要求は、ときに人を押しつぶします。でもその要求が、相手の力をちゃんと引き出すところまで届いたとき、同じ厳しさが信頼に変わることがある。影山飛雄の王様っぷりは、その変化をかなり極端な形で見せてくれるように思います。

ハイキュー影山飛雄の王様は、なぜ最後まで消えなかったのか

試合後のコートで、影山飛雄と日向翔陽を中心に烏野メンバーが集まっている場面

影山飛雄は、王様をやめたから信頼されるようになったわけではありませんでした。日向の要求に対して引くのではなく、自分の技術を上げることで応え、そのトスが日向だけでなくチーム全体の力も引き出すようになっていった。だから影山は、王様のままで受け入れられるようになったんです。

中学時代の影山は、自分の正しさをそのまま押し通そうとして孤立していました。でも高校での影山は、その正しさを味方に届く形まで磨いていった。要求の高さは変わっていないのに、その要求が味方を苦しめるものではなく、味方をもっと高い場所へ押し上げるものとして返ってくるようになったんです。

たしかに表面だけ見れば、影山が少し丸くなって、周囲に合わせられるようになった話にも見えます。でも見返すと、変わっていたのは性格そのものより、味方に要求を通すためのトスの質でした。王様らしさは消えていない。消えていないまま、その王様っぷりがチームに必要とされる形へ変わっていった。そこが、影山飛雄というキャラのいちばんおもしろいところなんだと思います。

影山が変えたのは、自分の性格そのものではなく、その強さが味方に届く形でした。そう考えると、変わるべきなのは、あなた自身じゃなく、伝わり方なのかもしれません。

よくある質問

影山飛雄はなぜ「王様」と呼ばれたのですか?

中学時代の影山は、セッターとして高い技術と判断力を持っていましたが、その正しさをチーム全体にそのまま通そうとしていました。問題だったのは、要求の高さそのものより、プレーの決定権をほぼ一人で握っていたことです。その振る舞いが、「王様」と呼ばれる理由になっていました。

影山は本当に改心したのでしょうか?

影山は、いわゆる「改心」をしたというより、王様でいる方法が変わったと見るほうが自然です。高い理想を味方に求める姿勢は最後まで残っています。変わったのは、その要求を命令として通すのではなく、味方の力を引き出すトスとして成立させるようになったことでした。

変人速攻の変化は影山に何をもたらしましたか?

変人速攻では、影山がすべてを決め、日向はそれを身体で実行する形でした。そこから「見て打つ」進化した変人速攻へ進んだことで、影山は要求を下げるのではなく、自分のトスの精度を上げる方向へ進みます。この変化が、影山の王様っぷりを孤立で終わらせなかった大きな転機でした。

影山が高校で孤立しなくなった理由は何ですか?

影山が急に社交的になったからではありません。自分の技術を磨いた結果、味方が「影山のトスならもっとやれる」と感じるようになったことが大きかったはずです。信頼は、影山が先に心を開いたから生まれたというより、進化したトスに対して味方の側から返ってきたものでした。

影山のトスはなぜ味方から信頼されるようになったのですか?

ただ打ちやすいからではなく、打った選手に「今までより高い場所でプレーできた」と感じさせるからです。影山のトスは、味方を従わせるためのものではなく、味方の100%を引き出すものへ変わっていきました。その手応えが積み重なったことで、影山は怖い存在としてではなく、ついていける王様として受け入れられていったんだと思います。

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