『あかね噺』と説いて、桑田佳祐と説く。
その心は。
どちらも、人をたらし込む芸である。
……と書いたあとで、少しだけ自分でも笑ってしまいました。
でも、アニメ『あかね噺』の主題歌がなぜ桑田佳祐さんなのかを考えるなら、たぶんこれがいちばん近い。
最初は、少し意外でした。
週刊少年ジャンプの落語漫画。若い主人公の朱音。真打を目指して、芸の世界へ入っていく物語。
そこに、桑田佳祐さん。
最初は少し距離があるように感じました。
でも、オープニング主題歌のタイトルが「人誑し / ひとたらし」だと知ったとき、ああ、これはかなり上手いなと思いました。
落語は、声と間だけで客の心を自分の世界へ連れていく芸です。
桑田佳祐さんの歌も、ふざけているようで、いつの間にか聴き手を巻き込んでいる。
だからこの組み合わせは、ただの大型タイアップではない気がします。
『あかね噺』という作品の真ん中にある「人をその気にさせる芸」と、桑田佳祐さんの歌が、ちゃんと重なっているんです。
あかね噺の主題歌はなぜ桑田佳祐なのか

『あかね噺』に桑田佳祐。
最初に見たときは、やっぱり少し驚きました。
若いジャンプアニメの主題歌なら、もっと今のアニメファンに近いバンドや、若いアーティストを想像する人もいると思います。
しかも題材は落語です。
そこに桑田佳祐さんが来る。
この組み合わせだけ見ると、少し不思議です。
でも、『あかね噺』を落語の知識を紹介する作品ではなく、「芸で人を惹きつける物語」として見ると納得できます。
朱音がやろうとしているのは、ただ上手に噺を覚えることではありません。
客を笑わせること。
客を前のめりにさせること。
自分の声と体だけで、その場の空気を変えること。
落語には派手な武器がありません。
座布団に座る。扇子を持つ。手ぬぐいを使う。声を変える。間を置く。
それだけで、客の頭の中に景色を作る。
考えてみると、かなりすごい芸です。
何もない場所に、あるように見せる。
いない人を、いるように感じさせる。
この力がないと、落語はただの説明になってしまいます。
桑田佳祐さんの歌にも、そこに近いものがあります。
歌がうまいとか、曲が強いとか、そういう話だけではありません。
少しふざけているようで、急に胸の奥に入ってくる。
軽く聞こえるのに、あとから妙に残る。
笑っていたはずなのに、少し寂しくなる。
その感じが、落語と近い。
だから、あかね噺の主題歌はなぜ桑田佳祐なのか。
僕はそこに、「芸で人を持っていく」という共通点を見つけました。
「人誑し」とは?落語と桑田佳祐をつなぐ言葉に見える

「人誑し」という言葉は、少し危ない響きがあります。
人をだます。
人を惑わせる。
うまいこと言って、人の心を持っていく。
普通は、あまり褒め言葉には聞こえません。
でも、芸の世界で考えると、少し意味が変わります。
落語家は、客をだましているわけではありません。
でも、客はどこかで、だまされに来ている。
目の前には長屋なんてありません。
熊さんも八っつぁんもいません。
酒も出てこないし、風も吹いていない。
それでも、うまい噺を聞いていると、客はそこに人がいるような気がしてくる。
見えないはずの景色が、勝手に頭の中へ立ち上がってくる。
その瞬間、客は噺家にたらし込まれています。
もちろん、悪い意味ではありません。
むしろ、それこそが芸の気持ちよさです。
桑田佳祐さんの歌も、まっすぐ「感動してください」と迫ってくる感じではありません。
少し人を食ったように始まる。
ふざけているように聞こえる。
でも、気づいたら心を持っていかれている。
ここが「人誑し」だと思います。
正面から泣かせに来るのではなく、横からすっと入ってくる。
笑わせながら、油断したところに寂しさを置いていく。
その距離感が、落語とよく似ています。
だから「人誑し / ひとたらし」という曲名は、『あかね噺』の主題歌としてかなり強い。
ただ目立つ言葉ではなく、作品の芯に触れている言葉です。
あかね噺の朱音の落語は、人をその気にさせる芸である

朱音は、ただ落語が好きな女の子ではありません。
父の落語を見て育ちました。
父が目指していた場所も知っています。
そして、父が味わった悔しさも見ています。
だから朱音の中には、ずっと熱いものがある。
認めさせたい。
証明したい。
父の芸が間違っていなかったと言いたい。
でも、その気持ちをそのまま客にぶつけても、落語にはなりません。
ここがきついところです。
泣きたい気持ちがあっても、まず笑わせなければいけない。
怒りがあっても、それを噺にしなければ届かない。
悔しさを叫ぶのではなく、客が楽しめる形に変えなければいけない。
この矛盾が、『あかね噺』の面白さだと思います。
朱音は、自分の感情を消しているわけではありません。
むしろ、感情があるから強い。
でも、その感情をそのまま出すのではなく、芸の形に入れていく。
声にする。
間にする。
表情にする。
客が笑えるものに変える。
それができたとき、朱音の落語はただの上手さではなくなります。
客をその気にさせる芸になる。
ここに、桑田佳祐さんの「人誑し」という言葉が重なります。
人を惹きつけるというのは、ただ目立つことではありません。
相手の心の向きを、少しずつこちらへ変えていくことです。
朱音が高座でやろうとしているのは、まさにそれだと思います。
桑田佳祐の歌も、古い匂いを今に届ける芸である

桑田佳祐さんの歌には、どこか古い匂いがあります。
昭和の歌謡曲の湿り気。
洋楽の軽さ。
日本語の言葉遊び。
少し猥雑で、少し寂しい感じ。
でも、それが古いだけで終わらない。
今聴いても、ちゃんと動いている。
ここがすごいところだと思います。
古いものを消して、新しいふりをするのではありません。
古い匂いを残したまま、今の歌として鳴らしている。
これは、『あかね噺』が落語でやっていることと近い気がします。
落語も古い芸です。
演目も古い。
言葉も古い。
出てくる暮らしも、今とは違う。
でも、うまい人がやると、古さだけでは終わりません。
今そこにいる客の前で、ちゃんと生きた噺になる。
朱音が目指しているのも、たぶんそこです。
古典を壊したいわけではない。
でも、古典の中に閉じこもりたいわけでもない。
受け継いだものを、今の客に届く形で出したい。
桑田佳祐さんの歌も、同じように見えます。
昔の匂いを持ちながら、今の耳に届いてくる。
若いアニメに桑田佳祐さんの声が乗ることは、最初は意外に見えるかもしれません。
でも、『あかね噺』が古い芸を今に届ける物語だと考えると、その意外さはむしろ意味を持ちます。
若い朱音の物語に、年季の入った声が重なる。
落語の物語に、歌という別の芸が乗る。
その組み合わせが、『あかね噺』をただの青春ものではなく、芸の物語として立ち上げているように感じます。
あかね噺のOPとEDを桑田佳祐が担当する意味

アニメ『あかね噺』では、オープニング主題歌が桑田佳祐さんの「人誑し / ひとたらし」です。
そしてエンディング主題歌も、桑田佳祐さんの「AKANE On My Mind〜饅頭こわい」です。
ここも、かなり面白いところです。
OPだけなら、大物アーティストの起用として見ることもできます。
でも、EDまで桑田佳祐さんとなると、少し印象が変わります。
作品の入口と出口を、同じ人の声が包んでいる。
OPは、これから始まる一席の出囃子のようなものです。
朱音がどんな世界へ飛び込むのか。
落語がどれだけ熱い勝負なのか。
その空気を最初に作る。
そこで「人誑し / ひとたらし」が鳴る。
もうタイトルから、客席をつかみに来ています。
一方でEDは、噺が終わったあとの余韻に近い。
笑ったあとに、少しだけ残るもの。
勝った負けただけでは片づかないもの。
朱音の背中にある思いや、芸の道のしんどさが、ふっと残る場所です。
そこに「AKANE On My Mind〜饅頭こわい」が来る。
「饅頭こわい」という落語を思わせる言葉まで入っているのが、またにくいです。
落語の作品に、落語の匂いを持った歌が重なる。
でも、伝統芸能らしく重くしすぎない。
桑田佳祐さんの声で、少し軽く、少し艶っぽく鳴る。
この軽さが大事だと思います。
落語は、人間の情けなさや、しょうもなさまで笑いにしてしまう芸です。
だから『あかね噺』の音楽が、真面目すぎる方向に行かなかったのはよかった。
桑田佳祐さんの声には、笑いと色気と寂しさが同居しています。
その声が、作品の入口と出口にある。
これは、かなり贅沢です。
まとめ|あかね噺に桑田佳祐が合う理由は「人誑し」にある

『あかね噺』の主題歌がなぜ桑田佳祐さんなのか。
最初は、少し意外でした。
でも、考えるほど合っています。
『あかね噺』は、落語で人を惹きつける物語です。
朱音は、父への思いや自分の悔しさを、そのまま叫ぶのではなく、芸として客に届けようとしている。
桑田佳祐さんの歌も、ただうまいだけではありません。
ふざけているようで、軽いようで、いつの間にか聴き手の心を持っていく。
その力は、まさに「人誑し」です。
だから、桑田佳祐と説いて、『あかね噺』と説く。
その心は。
どちらも、人をその気にさせる芸である。
やっぱり、ここに戻ってきます。
桑田佳祐さんの主題歌は、ただ『あかね噺』に添えられた音楽ではありません。
この作品が描こうとしている「芸で人を持っていく力」を、音楽の側から鳴らしている。
だから、この組み合わせは話題作りだけでは終わらない。
むしろ『あかね噺』という作品の魅力を、最初の一音から伝えるための、かなり強い一手だったのだと思います。
FAQ|あかね噺と桑田佳祐の主題歌について
あかね噺の主題歌はなぜ桑田佳祐さんなのですか?
公式には、アニメ『あかね噺』チームからのオファーを受けて、桑田佳祐さんがオープニング主題歌「人誑し / ひとたらし」を書き下ろしたと発表されています。
作品の中身から見ると、『あかね噺』が描く落語も、桑田佳祐さんの歌も、人を惹きつけて自分の世界へ連れていく芸です。
だから、ただの大物タイアップというより、「人をその気にさせる芸」という作品の芯に合った起用だと感じます。
「人誑し / ひとたらし」はどういう意味ですか?
「人誑し」は、人の心をうまくつかむ人、人を惹きつける人という意味で使われます。
普通に見ると少し怪しい言葉ですが、芸の世界で考えると、客を自分の世界へ連れていく力とも読めます。
落語家が声と間だけで客に風景を見せることも、桑田佳祐さんの歌が聴き手の心を持っていくことも、広い意味では「人誑し」の芸なのだと思います。
あかね噺のエンディングも桑田佳祐さんですか?
はい。アニメ『あかね噺』のエンディング主題歌も、桑田佳祐さんの「AKANE On My Mind〜饅頭こわい」です。
オープニングだけでなくエンディングも桑田佳祐さんが担当していることで、作品の入口と出口を同じ声が包む形になっています。
落語で言えば、一席の始まりと終わりに、同じ芸の匂いが通っているような印象があります。
桑田佳祐さんはアニメ主題歌を書き下ろすのが初めてなのですか?
公式発表では、桑田佳祐さんが作詞・作曲を手掛けたアニメ完全書き下ろし楽曲は、バンド・ソロを含めて初とされています。
その初めてのアニメ完全書き下ろしが『あかね噺』だったことも、この主題歌起用が注目された理由のひとつです。
あかね噺は落語を知らなくても楽しめますか?
楽しめます。
『あかね噺』は落語の知識を説明するだけの作品ではなく、芸で人を惹きつける勝負を描く作品です。
師匠、修行、ライバル、試験、客席の反応。そうした要素があるので、落語を知らなくても、朱音の成長物語として入りやすいと思います。
参考情報
- TVアニメ『あかね噺』公式サイト|音楽
- TVアニメ『あかね噺』公式サイト|オープニング主題歌は桑田佳祐「人誑し / ひとたらし」に決定
- サザンオールスターズ公式サイト|桑田佳祐「人誑し / ひとたらし」TVアニメ『あかね噺』OP主題歌に決定
- サザンオールスターズ公式サイト|桑田佳祐「AKANE On My Mind〜饅頭こわい」TVアニメ『あかね噺』ED主題歌に決定
- アニプレックス公式サイト|TVアニメ『あかね噺』作品情報
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