推しの子考察|アイの嘘「愛してる」と言い続けた人生と最後

アニメ考察

芸能界のウソなんて、僕は知ってるつもりだった。

でも『推しの子』第1話のアイを見て、考えが変わった。
嘘にはいろんな理由がある。
その中には、誰かを楽しませるための嘘もある。

星野アイが最後に言った「愛してる」。
あれが嘘だったのか、本当だったのか。
考え始めると、そこだけが何度も頭に戻ってくる。

正直に言うと、最初はうまく言葉にできなかった。
感動したとも言い切れないし、納得したとも違う。
ただ、見なかったことにはできない感触だけが残った。

この記事では、第1話の順番どおりに、
アイがどんな気持ちで「嘘の言葉」を使い続けてきたのかを追っていく。
評価を決めるためではなく、
僕がどこで引っかかったのかを整理するためだ。

第1章:嘘を選ぶしかなかった始まり

ステージに立つ前、無表情で前を見つめるアイ

星野アイは、最初から「嘘をつく才能」を持っていたわけじゃない。
施設で育ち、「誰かを愛した記憶」も「誰かに愛された実感」もないまま、子ども時代を過ごしている。

だから、スカウトされたときの反応ははっきりしていた。
「『愛してる』と言う仕事なんて、自分にはできない。」
そう言って、アイは一度、アイドルになることを拒否している。

愛を知らない「自分には無理だ」という拒否

スカウトされたアイが口にしたのは、技術の不安じゃない。
ダンスや歌の話でもない。
「愛したことも、愛されたこともない」から、
ファンに向かって「愛してるよ」と言う資格がない、という感覚だ。

ここを見て、正直、少し引っかかった。
この年齢で、ここまで言葉を重く受け取っているのは、かなりきつい。
軽く嘘をつける子なら、そもそもこんな拒否はしない。

「嘘でいいんだよ」と言われた瞬間

そのとき返ってきたのが、
「ファンもアイドルも、嘘だって分かって言ってる」
「だから、嘘でいいんだよ」という言葉だった。

この一言で、アイの前提がひっくり返る。
愛を知らなくてもいい。
本当じゃなくてもいい。
それでも、口に出していい。

ここは綺麗な話じゃないと思う。
でも同時に、アイにとっては初めて「やってもいい」と言われた瞬間でもあった。

アイがアイドルになると決めた二つの理由

アイがアイドルになる理由は、二つあると思っている。

一つ目は、「愛してるよ」と嘘をついてもいい、と許されたこと。
本当の気持ちがなくても、言葉だけ先に出していい場所があると知ったこと。

二つ目は、もっと個人的な願いだ。
誰かに愛されたい。
そして、いつか誰かを愛せる自分になりたい。

「愛してるよ」と言い続ければ、
その言葉に慣れた先で、
本当にそう思える日が来るかもしれない。
アイは、かなり危うい賭けに出ている。

嘘は、隠すためじゃなく「明日を回すため」に使われる

この前提があるから、妊娠したときも、アイは嘘をつく。
ファンに対しても、世間に対しても、迷わず隠す。

子どもを産んでからも同じだ。
子どもを育てる自分。
アイドルとして「愛してるよ」と言い続ける自分。
両方とも本当のアイの姿。

ここでの嘘は、誰かを騙して得をするためのものじゃない。
やめたら、明日の生活が回らなくなる。
立っていられなくなる。
だから使い続ける言葉だ。

アイにとって「愛してる」は、最初から本音じゃなかった。
でも同時に、軽く投げられる言葉でもなかった。

嘘でも言い続ければ、
誰かに愛され、誰かを愛せる自分になれるかもしれない。
その期待があったから、アイはこの言葉を選び続けた。

第2章:母になっても、嘘をやめられなかった理由

部屋で子どもを抱えながら座り込むアイ

ここから先、読んでいて一番きついのは、正論がいくつも浮かぶところだと思う。
休めばいい。やめればいい。守るなら表に出なければいい。
どれも間違っていない。

それでも第1話の中で、アイはその方向に一度も動かない。
この時点で、正しいかどうかより、
「そういう選択肢が本人の中に無かった」ことの方が気になった。

この章では、「なぜ両立できたのか」を持ち上げない。
かといって、「無理だったはずだ」と叩きもしない。
ただ、止めることをしないまま、毎日を前に進んだアイを観る。

両立は「選んだ」というより、止める動きがない

妊娠・出産の時点で、アイの生活は二重になる。
それでも第1話の中で、アイは「もう続けられない」「休みたい」とは言わない。

代わりにアイがやっていたのは、
「どう隠せば今日が終わるか」を考えることだけだ。

両立を理想として語る場面はない。
「母だからこうする」「アイドルだからこう振る舞う」
そういう整理をする前に、やることが決まっている。

レッスンの予定をずらす。
家に戻る時間を逆算する。
誰に何を言わないかを決める。

正直、ここを見ていて、
両立しているというより、
ただ息が止まらないように動いているだけに見えた。

事務所のサポートはある。でも「頼れる数」を増やしていない

生活が回っているのは、事務所側の協力があるからだ。
これは事実として外せない。

ただ、協力があるのに、関係者を増やそうとしない。
人が増えるほど、説明が増える。
説明が増えるほど、どこかで話がずれる。

そのズレが起きた瞬間に、すべてが崩れる。
アイは、そう分かった上で動いているように見える。
だから、広げない。

子どもを愛している。でも、その愛を確かめる言葉がない

家でのアイは、ステージの上とは違う。
子どもが泣けば起きる。抱く。黙って世話をする。

そこに「幸せそうな母親」の説明は挟まらない。
「子どもたち」へ「愛してる」と言わない。

アイにとって「愛してる」は、
アイドルとしてファンへ向けて発する嘘。

だから、愛する子ども達には、
嘘で固まった「愛してる」を使えなかったんだと思う。

この考えに至って、
「最後の『愛してる』が引っかかる理由が分かった気がした」。

ファンへの「愛してる」は、気持ちより先に役割

アイはファンに向けて「愛してる」を言い続ける。
嘘だと分かっていても、やめない。

ここでの「愛してる」は、感情の表明というより、
言わないと明日が回らなくなる言葉だ。
やめたら、関係が切れる。
切れたら、立っていられなくなる。

だから続ける。
好きだから、ではなく、止められないから。

弱音が出ない。出さないのか、出せないのか

第1話の中で、アイは「やめたい」と言わない。
強いからというより、その一言で起きることが多すぎる。

活動を止める判断。
秘密を広げる判断。
誰かに責任を渡す判断。

これを一気に引き受ける覚悟が必要になる。
だから、言えない。
そして、言わないまま、生活が続いていく。

第3章:最後に言えた嘘じゃない「愛してる」

玄関で立ち止まり振り返るアイ

ここでは、感情を盛らない。
少なくとも、盛るつもりでは見なかった。

事実として起きたことと、
そこで選ばれた行動だけを見るつもりだった。
第1話の最後には、長い説明も、整理された独白もない。

ただ、それでも残った言葉があまりに強くて、
途中で冷静に見ることができなくなった。

この章で扱うのは、
「なぜその瞬間に、その言葉だったのか」。
それ以上でも、それ以下でもない。

玄関で起きたことは、準備された場面じゃない

あの場面は、アイが話す準備をしていた時間じゃない。
ライブでも、取材でも、ファン対応でもない。

家に戻る途中、
今日を終わらせるつもりで歩いていただけの場所だ。
生活の延長線上で、突然起きた出来事だった。

つまり、いつもの「仕事の言葉」を選ぶ余裕がない。
台本も、役割も、守る距離も一瞬で消える。
その状態で、何を口に出したか。それだけが残る。

言葉が少ないとき、人は取り繕えない

アイは普段から言葉を多く使う人だ。
愛想もある。反応も早い。
言葉で場をつなぐことに慣れている。

でも最後の場面では、選べる言葉が極端に少ない。
考える時間がない。
整える時間もない。

それでも、声をかける。
そのとき出てきたのが「愛してる」だった。

その言葉だけは、説明のために使われていない

だから余計に、あの「愛してる」が刺さった。

ファンに向けて言うときの「愛してる」と違って、
あれは取り繕う余地がない。

悲しいシーンだけど、少しだけ救われた気がした。

生きている間、言えなかった理由が逆に見える

ここまで第1話を追ってきて、
「なぜ今まで言えなかったのか」が、逆に見えてくる。

言ったら、
本当の「愛してる」と嘘の「愛してる」の違いを理解してしまう。

そういう言葉だったから、
生きている間は、使えなかった。

最後の数秒では、守るものが一気になくなった。
だから、ようやく言えた。

まとめ:アイは「嘘をやめた」のではなく、嘘がいらない場所に辿り着いた

暗い背景の中で微笑むアイ

星野アイの人生を、第1話の流れに沿って追ってくると、
「愛してる」という言葉が、一度も軽く使われていなかったことが分かる。

施設で育ち、
誰かを愛した経験も、
誰かに愛されたという実感もないまま、
「愛してる」と言う仕事に誘われた。

最初にアイがそれを拒否した理由は、単純だった。
知らないものを、知っているふりはできない。
この感覚は、かなり誠実だと思う。

それでもアイは、
「嘘でいいんだよ」と言われたことで、アイドルになる道を選ぶ。

嘘をつくことが許されるなら、
その嘘を言い続けた先で、
本当に愛せる自分になれるかもしれない。
そう信じる理由が、ここで初めて生まれた。

だから、妊娠も隠す。
子どもが生まれても、隠したまま続ける。

それは、誰かを騙して得をするための嘘じゃない。
「アイドルとして愛される自分」と
「子どもを愛する自分」を、
どちらも失わずに、明日を迎えるための嘘だった。

ただ、その生活は決して綺麗なものじゃない。
続けば続くほど、体力も気力も削れていく。

正直に言うと、
ここまで来ると、この生き方を肯定する気にはなれなかった。

第1話の最後、
アイが口にした「愛してる」は、
それまでと同じ言葉で、役割だけが違っていた。

関係を保つための言葉でも、
仕事としての言葉でもない。
説明も、演技も、立場も必要のない相手に向けて、
ただ置かれた言葉だった。

それを「嘘ではなかった」と言い切るつもりはない。
ただ、嘘を使い続けなければ立っていられなかった人生の中で、
最後の瞬間だけ、
嘘を使わなくて済んだことは確かだと思う。

そして、この物語はここで終わらない。

アイが生き抜くために選び続けた「嘘」は、
正しいかどうかを整理されないまま、
次の世代へと渡されていく。

以降の物語で、子どもたちは、
嘘を避ける存在としてではなく、
嘘を武器として芸能界を進んでいく。

それが正しいかどうかは、僕は言い切れなかった。
ただ、星野アイの「愛してる」は、
一人の人生で終わらず、
この世界のやり方として残された。

第1話を見終えたあとに残る引っかかりは、
たぶん、そこから生まれている。

よくある疑問

Q. アイの「愛してる」は、結局、嘘だったの?

これ、たぶん一番よく聞かれると思う。

僕は、第1話を見た直後、
「嘘か本当か」で片付けられる言葉じゃないと感じた。

ファンに向けて言っていた頃の「愛してる」と、
最後に子どもたちへ向けた「愛してる」は、
同じ言葉でも、使われ方がまったく違う。

だから、あそこだけは嘘に聞こえなかった。

Q. なんで第1話だけ、こんなに重く感じるんだろう?

事件が起きるから、という理由だけじゃないと思う。

第1話では、星野アイの人生が、
出会いから終わりまで、一気に詰め込まれている。

夢を持った瞬間も、
嘘を選んだ理由も、
無理を重ねていく過程も、
最後に残った言葉も、全部そこにある。

心情を順番に追っていくと、
「一話分」というより、
「一生分」を一気に見せられている感覚に近い。

その密度が、見終わったあとも重さとして残るんだと思う。

Q. アイは幸せだった、と言っていいのかな?

これも、簡単に答えを出せる問いじゃない。

子どもを愛していたのは確かだし、
アイドルとして、多くの人に愛されていたのも事実だ。

ただ同時に、
無理をして、嘘を重ねて、
削られながら生きていたのも、はっきり見えてしまう。

普段、ファンに向けて使っていた「愛してる」という嘘は、
子どもたちには向けられなかった。

それでも最後の場面で、
どうしても伝えたい言葉として、
子どもたちに向けて口にしたのが「愛してる」だった。

施設で育ったアイは、
誰かを愛する感覚も、
愛されている実感も、ずっと掴めないままだった。

だからこそ、
最後にその言葉を子どもたちへ向けて使えたことは、
少なくとも、僕には意味のある変化に見えた。

僕は、幸せだったとまでは言えなかった。でも、変化はあったと思った。

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