ハイキューで及川徹はなぜアルゼンチンへ行ったのか?その進路の意味を考察

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及川徹のアルゼンチン行きって、『ハイキュー!!』終盤の驚きとして受け取るだけだともったいないんですよね。

高校時代の及川は、牛島にも影山にも届かなかった。だからこそ、あの進路を「日本で勝てなかった先にあった道」と見る読み方もあると思います。けれど僕は、それだけだと及川という人間の、いちばん厄介で、いちばん痺れる部分を取りこぼしてしまうと感じています。

及川は、負けたから進路を変えた人じゃないんです。もっと前、まだ子どもの頃にホセ・ブランコというセッターに心を持っていかれていた。しかも惹かれたのは、ただ選手個人だけじゃない。その選手が立っていたアルゼンチンという舞台ごと、及川の中に焼きついていたんじゃないかと僕は思います。

そう考えると、あの進路は敗北の延長ではありません。最初に目を奪われた景色へ、自分の足で踏み込んでいった結果なんです。

この記事では、ホセ・ブランコに目を奪われた幼少期の瞬間第372話でホセの前に立った及川の表情、そして第17巻番外編で岩泉が及川の背中を押した言葉を順に追いながら、及川にとってアルゼンチンがどんな場所だったのかを考えていきます。

ホセ・ブランコに目を奪われた瞬間が、すべての始まりだった

幼い及川と岩泉が観客席からアルゼンチン戦を見つめ、コート上のホセ・ブランコに目を奪われている場面

及川のアルゼンチン行きを考えるうえで、起点になるのは番外編12です。

日本対アルゼンチン戦。会場の視線が集まるのは、当然エースアタッカーです。点を取る選手。歓声の中心にいる選手。子どもが憧れるなら、普通はそっちだと思います。

でも、及川少年が見ていたのは違いました。

彼の目に止まったのは、途中交代で入ってきたベテランセッター、ホセ・ブランコです。エースの不調で少しずつ崩れかけていた空気を、ホセは短い出場時間で立て直してしまう。ボールを散らし、呼吸を整え、チームがもう一度前を向ける流れを作って、役目を終えたようにコートを去っていく。

ここ、たまらないんですよね。

試合後に大きく称えられるのは、復調したエースの方です。でも及川が憧れたのは、スポットライトのど真ん中に立つ選手ではなかった。主役そのものじゃなく、主役が力を出せる試合の形を作った人に、あの子は目を奪われたんです。

僕はここに、及川というセッターの原点があると思っています。誰がいちばん目立ったかじゃない。誰が試合の勝ち方を動かしたのか。そこを見る視線が、あまりにも及川らしい。

ただ「セッターってかっこいい」で終わる憧れじゃないんです。試合の温度を変える手つき、流れを支配する頭脳、その仕事の渋さに子どもの及川は痺れてしまった。だからアルゼンチンは、あとから選ばれた場所じゃない。最初から、及川の胸の中に入り込んでいた場所だったんだと思います。

ホセの前に立った及川は、もう迷っていない

アルゼンチンの街並みを背に、スポーツバッグを肩にかけた及川が前を見据えて立つ姿

第42巻・第372話「もう1人の挑戦者」で、及川はアルゼンチン行きについてホセ・ブランコに相談します。

この場面の及川、僕にはもうかなり腹が決まっているように見えました。進むかどうかをゼロから迷っている顔じゃないんです。むしろ、自分の中では決めている。そのうえで、最後にホセのところまで来た。そんな重さがあります。

だって、高校を卒業したばかりの選手が、地球の裏側にあるバレー強国へ飛び込もうとするんです。言葉も環境も文化も違う。怖くないわけがない。あの及川徹でも、いや、あの及川徹だからこそ、最後の一歩には大きな覚悟が必要だったはずです。

そのとき会いに行った相手が、子どもの頃に心を奪われたホセ・ブランコだった。これ、運命みたいで震えるんですよね。

憧れの選手に相談する、という形だけを見ると綺麗な話に聞こえます。でも実際はもっと切実だったと思います。ずっと追いかけてきた景色に、本当に自分が飛び込んでいいのか。その確認を、ただの誰かではなく、あの日の自分を動かした本人に取りたかったんじゃないでしょうか。

僕は、この相談の場面が好きです。及川はここで答えをもらって人生を決めたというより、自分の中に長く燃えていた火を、ホセの言葉で現実の行動に変えた。夢が進路に変わる瞬間って、たぶんこういう顔をしているんだと思います。

岩泉は及川の何を押したのか

夕暮れのベンチで向かい合い、真剣な表情で言葉を交わす岩泉と及川

及川のアルゼンチン行きは、ホセの後押しだけでは語り切れません。僕は、第17巻番外編で岩泉と及川が帰り道に交わした会話も、決定的に大きかったと思っています。

岩泉は及川にこう言います。

「バレーが好きすぎて、常に、“もっと”“もっと”ともがいているお前は、いつまでたっても幸せになんかなれない」
「そんなお前を俺は認めてる、だから気が済むまでもがき続けろ、それがお前の人生だ」

この言葉、優しい慰めじゃないんですよね。きれいに不安を消してくれる言葉でもない。むしろ、お前はこの先もずっと苦しいぞ、と言っている。それでも行け、と背中を押している。

重いです。でも、だからこそ強い。

この時点で岩泉が及川のアルゼンチン行きを知っていたのかは作中で明言されていません。そこは考察の余地があります。でも、進路の具体名を知っていたかどうかより大事なのは、岩泉が及川の本質を誰より分かっていたことです。

及川は、少し頑張れば満足できる人じゃない。誰かに褒められて終われる人でもない。納得できるところまで、自分で自分を追い込んでしまう。岩泉は、その面倒くささも、しんどさも、全部分かったうえで認めたんです。

こんなの、効かないわけがないです。

ずっと隣にいた相棒に「お前のその生き方を俺は認めてる」と言われたら、及川はもう止まれなかったと思います。ホセ・ブランコが進む先の景色を肯定した存在だとしたら、岩泉は、その景色へ向かう及川自身を肯定した存在でした。

道を示す人と、歩く人間そのものを信じる人。この二人がいたから、及川のアルゼンチン行きは憧れのまま終わらなかった。僕にはそう読めます。

及川はなぜ茨の道でも信じた道を選ぶのか

棘に囲まれた中でまっすぐ前を見据える及川の姿を描いたイメージ

及川は、たぶん楽な道を選べない人です。

もっと勝ちやすい場所。もっと分かりやすく評価される場所。もっと効率よく上へ行けそうな道。そういう選択肢が目の前にあったとしても、自分が信じるセッター像からずれるなら、及川はたぶんそこに乗れない。

彼が執着しているのは、結果の出やすさだけじゃないんです。自分がどんなセッターでいたいのか。そこに納得できるかどうかが、及川にとってはすごく大きい。

だから面倒くさい。けれど、その面倒くささが僕はたまらなく好きです。

及川は、勝ちたいだけの人ではありません。どう勝つかにうるさい。どんな形で味方を動かすのか、どんな景色をコートに作るのか、そこに自分で納得できないと前に進めない。だから、簡単に正解へ寄っていけないんです。

アルゼンチン行きが強く印象に残るのは、ただ海外挑戦だからじゃないと思います。及川のこの厄介なくらい真っ直ぐな性質が、進路の選び方にまでそのまま出ているからです。

自分が最初に心を奪われたものを、遠いから、厳しいから、無謀だからと諦めない。しかもその結果、長い時間をかけて本当に世界の舞台までたどり着いてしまう。ロマンがあるんですよね。ワクワクするんです。夢みたいな話なのに、ちゃんと及川のしつこさで成立しているから。

及川がアルゼンチンを選んだ理由をどう読むべきか

夕暮れのブエノスアイレスでホセ・ブランコと並び歩く及川の後ろ姿

ここまで追うと、及川がアルゼンチンへ行った理由はかなり見えてきます。

幼い頃、ホセ・ブランコのプレーに目を奪われた。その憧れが、ただの記憶で終わらず、「自分もあの場所で戦いたい」という願いとして残り続けた。だから高校卒業後、及川はホセのもとへ行き、アルゼンチン行きを相談した。そこで背中を押され、進んだ。

僕は、及川のアルゼンチン行きを「高校で負けた先にあった代替ルート」とは読みません。そうじゃなくて、及川がずっと追いかけていた理想のセッター像に近づくための場所が、アルゼンチンだったんだと思います。

しかも、その選択は思いつきでは終わりませんでした。第45巻・第402話「挑戦者たち」では、及川はアルゼンチン代表のセッターとして、かつてのライバルたちがいる日本代表の前に立ちます。

ここ、本当に痺れます。

高校時代に同じコートで戦っていた相手の前に、今度は別の国の代表として立つ。しかもそこに至るまでには、高校卒業から10年以上の時間がかかっているんです。遠回りに見えた道を、途中で投げずに走り切ったからこそ見えた景色です。

ただ遠くへ行ったんじゃない。人からどう見られるかではなく、自分が信じた道を選び、その道でちゃんと世界に届いた。その証明として、及川はあの舞台に立っている。

だから僕は、及川のアルゼンチン行きにこんなに胸をつかまれるんだと思います。あれは「負けた人の逃避」じゃない。最初に恋した景色を、何年かけても取りに行った人の進路なんです。

FAQ

第42巻・第372話「もう1人の挑戦者」で、及川はアルゼンチン行きを決めたのですか?

あの場面で突然決めたというより、及川の中ではかなり固まっていた道を、現実の選択に変えた場面だと僕は読んでいます。ホセ・ブランコは、その最後の一歩を押した存在として大きかったはずです。

第17巻番外編での岩泉の言葉は、及川の進路を決めたのでしょうか?

進路そのものを具体的に決めたというより、及川が自分の生き方を曲げずに進む覚悟を強めた言葉だったと思います。岩泉は、及川がどこへ行くにせよ、もがき続ける人間だと分かったうえで認めた。その重さが大きいです。

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参考情報

※本文では、上記の公式掲載情報・収録情報をもとに、確認できる事実と僕の考察を分けて記述しています。

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