ダンダダン アニメ考察|第1話だけ観た僕が、オカルンとモモをオカルト目線で決めつける

アニメ考察

幽霊は信じるけどUFOは信じない。
UFOは信じるけど幽霊は信じない。

その分け方、ちょっと無防備すぎないか。

僕は、幽霊もUFOも「いるかもしれない」と思っている派だ。
だから『ダンダダン』アニメ第1話は、どっちが出てきても普通に怖い。

でも作中の2人は違う。

幽霊は信じるけどUFOは信じないモモ。
UFOは信じるけど幽霊は信じないオカルン。

1話の骨はこれ。
2人とも、自分が信じていない側に踏み込んで、そこで崩れた。

※この記事はアニメ『ダンダダン』第1話のみ視聴時点での記録です。原作未読・2話以降未視聴。ネタバレは第1話の範囲に限ります。

外れていたら笑ってくれていい。
でも第1話を観て少し落ち着かなかったなら、その感覚は放っておかない。

あの違和感を、僕なりに掘っていく。

信じていないものに触れる恐怖

ダンダダン第1話、信じていない側へ踏み込むモモとオカルンの対比

アニメ『ダンダダン』第1話を観て、最初に引っかかったのは怪異そのものじゃなかった。

なんでわざわざ、信じていない側に行くんだ。

その配置が、少し意地悪に見えた。

自分が否定している側へ、自分から入っていく

順番に言う。

幽霊を信じるモモは、UFOスポットへ行く。
UFOを信じるオカルンは、心霊スポットのトンネルへ入る。

どちらも、「いない」と思っている側を証明しに行く動きだ。

モモは「UFOなんていない」と言って向かう。
オカルンは「幽霊なんているわけない」と言って踏み込む。

準備していない側に踏み込むと、人は脆い

ここで、ちょっと嫌な感じがした。

信じているものなら、構えられる。
でも信じていないものは、構えていない。

怖がらせるなら、そこを突くのが一番効く。

モモもオカルンも、勇気で動いたのではない。
「どうせ何も起きない」と思っていたから行けた。

逆だったら、ここまで崩れただろうか

そのあと、2人はそれぞれ想定外と正面からぶつかる。

モモが心霊スポットに行っていたら。
オカルンがUFOスポットに行っていたら。

あそこまで一方的に崩れただろうか。

そこまでじゃない気がした

怖かったのは「そっちかよ」と思った瞬間だった。

信じていないつもりでいた側に、
構えていないまま触れてしまったこと。

1話目でここまでやるか、と少しだけ身構えた。

オカルンは夢を見ることで、現実から距離を取っていた

ダンダダン第1話、トンネルでターボババアに追われるオカルン

幽霊の存在を信じていないオカルンは、第1話で一人、心霊スポットだと噂されるトンネルに入っていく。

UFOも幽霊も等しく怖い僕には、その姿が一瞬だけ、妙にかっこよく見えた。

「気弱で、オタク気質で、怖がりな少年」だと思っていたオカルンが、勇気を出したように見えたからだ。

最初は「勇気」に見えた。でも違った

でも、観ているうちにその印象は崩れた。

オカルンは、勇気があったからトンネルに入れたんじゃない。
何も起きない前提だったから、入れただけだ。

幽霊を信じていない。
オカルンにとっては、そこは“何も起きない場所”のはずだった。

だから、あの一歩は軽い。軽すぎる。

僕が見たのは「信じるもの」より「逃げ方」だった

僕がここで引っかかったのは、オカルンが何を信じているかより、
何から距離を取ろうとしているかだった。

オカルンは、現実に強く関わらなくて済む場所に意識を置いて生きている。

そのために、彼はUFOを信じる。
それも、日常から遠く離れた存在としてのUFOだ。

宇宙のどこかにいる存在なら、
ここで起きている現実と、直接つながらなくていい。

だから幽霊は否定する。

幽霊は近い。
生活圏に入り込んでくる。
存在していたら、逃げ場がないから。

ターボババアは「距離の取り方」を壊してくる

トンネルの奥で、最初に違和感が走る。

足音じゃない。
空気が詰まる感じだ。

振り返った瞬間、ターボババアの顔が近い。

次のカットで、オカルンはもう走っている。
叫び声が裏返る。
「うわぁぁぁ!」と、喉がつぶれたみたいな声だ。

足がもつれる。
膝が抜ける。
転びかけて、また立ち上がる。

あのときのオカルンは、理屈で怖がっていない。
体が先に壊れている。

僕が見たのは、幽霊が怖い少年じゃない。

「何も起きないはずの場所」で現実に捕まった少年だ。

幽霊を信じていないから入れた場所で、信じていないはずの存在に追われる。

そこで初めて、距離が消える。

オカルンが壊れた理由は、幽霊が怖かったからじゃない。

現実から距離を取るやり方が、その場で使えなくなったからだ。

もし彼が、「もしかしたらいるかも」と少しでも思っていたら。

怖がりはしても、ここまで無防備にはならなかったんじゃないか。

僕にはそう見えた。

オカルンは、夢を見ることで息をしていた。
でも第1話で、その夢の逃げ道は塞がれた。

モモは現実家だけど悲観的

ダンダダン第1話、廃病院でセルポ星人に追い詰められるモモ

第1話のモモを観て、最初に浮かびやすい見え方がある。

気が強くて、肝が据わっていて、怪異にも動じないタイプ。

僕も最初は、オカルンよりよほど現実に強い人間だと思っていた。

幽霊を信じるのは強さなのか?

モモは幽霊の存在を信じている。
それは噂やノリじゃなく、家系の話として生活の延長にあるからだ。

だから幽霊に対して過剰に取り乱さない。
「いるものはいる」という態度で、最初から向き合っている。

普通に見れば、これは強さだ。

でも観ているうちに、少し違う感じがしてきた。

モモは強いんじゃない。

幽霊がいる世界。
理不尽が起きる世界。

それを信じているから、いちいち揺れない。

UFOを拒むのは現実家だから

でも、モモはUFOを信じない。

UFOは遠い。
日常から切り離されている。
どこかで「夢の話」にできてしまう。

幽霊までは受け入れている。
でも宇宙人は夢の話として切り捨てる。

セルポ星人は「覚悟の範囲」を越えてきた

第1話、モモはUFOという「信じていない側」に触れる。

廃病院の中、不自然な光。
逃げ場のない空間。

次の瞬間、セルポ星人に囲まれる。

捕まる。
腕を押さえられる。
強気な言葉は、相手に届かない。

ここでモモは、初めて声のトーンが変わる。

怒鳴る。
でも通じない。
視線が揺れる。

僕が見たのは、強い女の子じゃない。

「想定していた世界」が壊れた瞬間の顔だった。

モモは幽霊を信じている。
理不尽は起こると分かっている。

でもそれは、あくまで“自分の覚悟の中”の理不尽だ。

セルポ星人は、その線を越えてくる。

言葉が通じない。
理屈が通じない。
怒りも効かない。

モモが揺らいだ理由は、未知が怖かったからじゃない。

覚悟していた現実の範囲を、平然と踏み越えられたからだ。

それでも、モモは立ち上がる

でもここで終わらない。

追い込まれたあと、モモの表情が変わる。

息を吸う。
目の奥が定まる。

祖母の血筋。
言葉にしていた「霊媒」の力。

念力が発動する。

拘束が軋む。
空気が歪む。

ここ、僕ははっきり覚えている。

モモは壊れたまま終わらなかった。

覚悟の線を越えられた。
でも、その先に自分の足場を作った。

もし彼女が最初からUFOを想定していたら、
ここまでの振れ幅は出なかったかもしれない。

揺らぎがあったから、立ち上がりが効いた。

モモは悲観で立っていた。
でも第1話で、その悲観を一段越えた。

説明できない体験をしたら一人で居られない

ダンダダン第1話、怪異に追い込まれ並んで立つオカルンとモモ

第1話の終盤、オカルンとモモは並んで立っている。

会話はほとんどない。
お互いにさっき起きたことも、きちんと整理して話していない。

それでも離れない。

まず、2人はそれぞれ限界まで追い込まれている

オカルンは、幽霊を否定してトンネルに入った。
そこでターボババアに追われ、足がもつれ、叫ぶ。

モモは、宇宙人を否定して廃病院に行った。
そこでセルポ星人に捕まり、強気が通じなくなる。

2人の信じていた盾は、そこで割れた。

ターボババアは、オカルンの「距離を取るやり方」を壊す。

セルポ星人は、モモの「覚悟していれば大丈夫」を壊す。

自分の常識が崩れた直後は一人で居られない

2人とも、自分の常識が崩れて、怖い目に遭った。

一人であの体験を抱えたら。
「夢だった」で処理するか、逆に全部を飲み込まれるか、そのどちらかになる。

でも隣に、同じものを見た人間がいる。

目を合わせれば、「あれは現実だった」と共有できる。

あの並びは、親密さより先に“逃げ場”だ

怪異を一緒に乗り越えたから距離が縮まった。
そう説明することもできる。

でも僕には、あの並びは安心の顔に見えなかった。

好きだから並んでいる、というより、
一人に戻るのがきついから並んでいる。

離れれば、さっきの出来事を一人で処理しなければならない。

だから並ぶ。

祝福ではなく、追い込みが作った距離。

僕は、この2体を“最悪のキューピット”って呼ぶ。

恋の始まりというより、同じ悪夢を見た者同士が横に立った夜に見えた。

この関係は、ここから恋になるのかもしれない

ダンダダン第1話、怪異の後に並んで立つオカルンとモモの関係

ここまで読んで、「結局これは恋の話なのか?」と思ったかもしれない。

僕も、第1話を観終わった直後、同じところで止まった。

いわゆる“恋の始まり”っぽい要素は、ほとんどない

オカルンとモモは、
それぞれ「信じていなかった側」に触れた。

その体験を、きれいに共有したわけでもない。

手もつながない。
好きとも言わない。

条件だけ見れば、恋の始まりとしては地味だ。

あのラストは恋の導入なのか

ラブコメのテンプレだ、と言われても否定はできない。

でも僕は、まだ恋が始まったとは思っていない。

あのラストは、まず「逃げ場」だ。

一人に戻ると、
さっきの出来事がまともにのしかかってくる。

だから、誰かとなりに居てほしい。

信じていた世界が壊れた直後に、
同じものを見た人間が横にいる。

まだ、それだけの関係。

でも、本名を聞いた瞬間だけ空気が変わる

ただひとつ、僕が引っかかった場面がある。

モモがオカルンの本名を聞いた瞬間だ。

本名を聞いた途端、ほんの一拍、間ができる。

目線が止まる。
表情がわずかに変わる。

あれは恐怖の余韻とは違う。

僕には、関心が芽を出す瞬間に見えた。

怪異を共有した仲間、ではなく、
「この人は誰なんだろう」と思った顔。

もしあのシーンがなければ、
この関係はただの共犯者で終わる。

でもあの一拍が入った。

逃げ場の横並びが、少しだけ“個人”を見る距離に変わった。

だから僕は、まだ恋じゃないと思いながら、
完全に否定もしきれない。

恋になるかはキューピット次第

この関係は、恋が始まるまで、キューピットたちがどんな仕事をするかにかかっている。

甘さより先に、怖さで始まった関係。

正直、恋とか呼ぶ前に、まず“隣に残るか”。

もう一度、どちらかが信じていない側に連れて行かれても。

そのとき初めて、恋と呼べるものが生まれるのかもしれない。

 

第1話しか観ていない俺の読みは、ここまでだ。

もし2話以降で外れていたら、このページごと修正する。
第1話時点の読みとして残しておく。

観終わったあと、電気を消すのを少しためらった。

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