【あかね噺】高良木ひかる(こうらぎひかる)はなぜ落語家に?声優があかねの高座で見たもの

高座に立つ白っぽいブルーのショートヘアの女性、高良木ひかるが落語家の道へ踏み込む姿を表したイメージ 映像考察

【あかね噺】高良木ひかる(こうらぎひかる)はなぜ落語家に?あかねの高座が変えたものを考察

『あかね噺』の高良木ひかる(こうらぎひかる)は、人気声優でありながら落語家の道へ踏み込むキャラです。

かわいい。注目されている。けれど、ひかるはチヤホヤされるだけでは満足できない。

それでも、ひかるは可楽杯の高座に上がりました。

欲しかったのは拍手の数ではなく、自分の実力で客席を黙らせる瞬間だったんだと思います。

しかし、その後ひかるは落語家の道へ踏み込むことになります。

僕は、ひかるの転機は敗北そのものよりも、あかねの『寿限無』を見たことにあったと睨んでいます。

高良木ひかる(こうらぎひかる)は、評価の中身を疑っている

白っぽいブルーのショートヘアの女性が高座で静かに前を見つめる、高良木ひかるの葛藤を表したイメージ

高良木ひかるは、すでに人気若手声優です。名前を知られている。かわいいと言われる。ファンもいる。周りの視線は、ちゃんとひかるに向いている。

でも、その視線がどこを見ているのかが問題なんです。

顔なのか。話題性なのか。若手声優という肩書きなのか。

肝心の芝居は、ちゃんと見られているのか。

ここが、ひかるの面倒くさくて好きなところです。

拍手は欲しい。評価も欲しい。けれど、その評価が自分の芸に向いていないなら、ひかるにとっては足りない。

かなり欲張りです。でも、この欲張りさがひかるらしい。

「かわいい声優」として見られるほど、彼女の中では別の声が強くなる。

いや、そこじゃない。

私の力を見ろ。

ひかるの可楽杯には、そういう苛立ちが乗っています。

公式のキャラクター紹介で、高良木ひかるは「容姿など実力以外が評価されている現状」に疑問を持ち、自分の力を試すために落語へ挑む人物として紹介されています。

僕は、ひかるにとって可楽杯は「落語が好きだから出た大会」ではなかったと思っています。自分についた値札を、自分の手で貼り替える場所だったのでしょう。

高座の上では、かわいいだけでは噺が前に進まない。人気があっても、客がついてくるとは限らない。声がよくても、間を外せば場が冷える。

そこで何が残るのか。

ひかるは、それを確かめに来たのだと思います。

ひかるの『芝浜』は、声優としての実力を試す高座だった

白っぽいブルーのショートヘアの女性が高座で扇子を手に語る、高良木ひかるの芝浜をイメージした場面

可楽杯本選で、ひかるは『芝浜』を披露します。

この演目を持ってくるのが、ひかるらしい。

『芝浜』は、声色の派手さだけで押し切る噺ではありません。夫婦の時間、嘘を抱えた生活、夢と現実の揺れ。客席にじわっと染み込ませるものが多い噺です。

声優としてのひかるなら、できることは多い。

人物を立てる。感情の温度を変える。声の揺れで、場面の湿度を変える。

でも、そこが怖い。

やれることが多い人ほど、落語では一歩間違えると「噺」より「私の演技を見て」が前に出る。

ひかるの『芝浜』には、そのギリギリの感じがあります。

客席の前に、自分の表現をそのままぶつけている。かわいさも、肩書きも、話題性も脇に置いて、「これでどうだ」と差し出している。

第九席「表現者」では、ひかるが自身の表現力を活かせる人情噺として『芝浜』を披露し、会場を沸かせる流れが描かれます。

会場が沸く。

普通なら、そこで勝負の手応えをつかむ場面です。

でも、ひかるの場合は、そこに少しざらつきが残ります。

拍手は来た。届いた感触もある。けれど、それは本当にひかるが一番欲しかった評価だったのか。

ここで満たされきらない感じが、ひかるをただの勝ち気なライバルで終わらせていません。

もし可楽杯にあかねがいなかったら、ひかるは落語家の道までは選ばなかった可能性があります。

勝てば、自信になる。負ければ、課題になる。

どちらに転んでも、落語は「声優・高良木ひかる」を強くする経験で終わったかもしれない。

ひかるの足をその先へ向けたのは、あかねの高座でした。

あかねの『寿限無』がひかるに見せた落語家の怖さ

舞台の上で手を差し出す白っぽいブルー髪の女性、高良木ひかるがあかねの高座に衝撃を受けるイメージ

第十席「寿限無」で、あかねは本選の高座に上がります。

ひかるの『芝浜』が会場を沸かせたあとです。

ここで読む側は、少し身構えます。あかねも分かりやすく技を見せてくるんじゃないか。もっと速く、もっと強く、もっと派手に返すんじゃないか。

でも、あかねはその勝ち方を選びません。

『寿限無』を、予選のような言い立てのキレだけで押し切らない。少し肩の力を抜いた語り口で、客席を噺の中へ入れていく。

最初は弱く見えます。

ひかるが戸惑うのも無理はありません。自分は『芝浜』で表現力をぶつけた。その直後に、あかねはさらに熱を足すのではなく、客席に風を通すような高座を選んだ。

でも、そこが怖い。

あかねは勝負を捨てていません。熱くなった会場に、さらに火を投げ込まなかっただけです。

客席の反応を見ながら、噺が一番入りやすい場所へ導いていく。

自分を目立たせるより先に、客が噺へ入れる空気を整えている。

ここで、ひかるは厄介なものを見てしまった。

ひかるは声優です。人物を演じる力も、感情を乗せる力もある。だからこそ、あかねの『寿限無』がただの「うまい演技」ではないことが分かる。

声をうまく使うだけでは届かないものがある。

客席との間合いを測る。噺を置く場所を選ぶ。自分の熱を押しつけず、客が入ってこられる余白を作る。

あかねの高座には、落語家としての呼吸がありました。

ひかるは最初、落語を自分の実力を証明する場として捉えていました。

けれど、あかねの『寿限無』を見たことで、落語はただの技術ではなくなった。自分の表現を広げるために、もっと深く潜りたい芸になったのだと思います。

向上心の強いひかるが、落語の魅力に落ちた瞬間です。

高橋李依が演じることで、ひかるの悩みが近くなる

録音スタジオでマイクを前にする白っぽいブルー髪の女性、高橋李依と高良木ひかるの重なりを表すイメージ

高良木ひかるを演じるのは、高橋李依さんです。

「高橋李依さんがひかるのモデル」と考えた人はたくさんいるでしょう。

しかし、公式サイトやインタビューを確認しても、「高橋李依さんが高良木ひかるのモデル」と明言した記述は見当たりません。この記事では、モデル説としては扱いません。

ただ、このキャスティングで生まれる読みの近さはあります。

声優が、声優キャラを演じる。

しかもそのキャラは、声優として見られている自分に疑問を抱き、落語という別の芸で実力を試しに行く。

ABEMA TIMESのインタビューでも、高橋さんはひかるを単なる属性の多いキャラとして扱っていません。博多弁の声優キャラ、かわいい人気声優、落語に挑むライバル。そういう見方で止めず、表現に食らいついていく人物として受け止めています。

ひかるは、有名人です。

かわいい声優として名前を知られている。ファンもいる。仕事場でも、客席でも、周りの視線はちゃんとひかるに向いている。

ただ、その視線が「ひかるの演技」に向いているのかは分からない。

かわいいから注目されているのか。若手声優として話題性があるから持ち上げられているのか。それとも、声の芝居そのもので認められているのか。

ひかるが疑っているのは、人気の有無ではなく、評価の中身です。

この悩みを、現実の人気声優である高橋李依さんが演じる。すると、ひかるの苦しさがキャラ設定だけで終わらず、表現の仕事をしている人の感覚にも重なって見えてきます。

高良木ひかるが落語家の道へ踏み込んだ理由

夕暮れの街を背に手を伸ばす白っぽいブルー髪の女性、高良木ひかるが落語家の道へ進む決意のイメージ

高良木ひかるは、声優と落語家の二足の草鞋を履くことになります。

最初にあったのは、自分の表現がどこまで届くのかを確かめたいという欲でした。

だから可楽杯に出た。

だから『芝浜』を選んだ。

でも、あかねの『寿限無』を見たことで、ひかるの中の落語は変わります。

高座は、自分の力を証明する場所から、自分もそこに立ちたいと思う場所になった。

あかねが勝った理由は、客席の熱を読み、噺が一番届く形を選んだことです。派手に勝ちを取りにいったわけではなく、そっとお客の心に忍び込み、最後にはわし掴みにしたのです。

その高座を見たあと、ひかるは落語を声優の技術としてだけ持ち帰れなくなった。

ひかるが落語家の道を選んだ理由を「負けたから」とだけ言うと、少し足りない。

負けたことは大きい。

でも、それ以上に大きかったのは、あかねを見たことです。

あかねが見せてくれた、お客の心の掴み方。

貪欲に表現の世界で生きるひかるにとって、あかねの落語は「自分もそこまで行きたい」と思わせるものだったのだと思います。

FAQ

高良木ひかる(こうらぎひかる)はどんなキャラですか?

高良木ひかるは、『あかね噺』に登場する人気若手声優です。容姿など実力以外で評価される現状に疑問を持ち、自分の力を試すために落語へ挑みます。最初から落語家になりたかったというより、声優としての自分の力を試したかった人として見ると分かりやすいです。

高良木ひかるはなぜ落語に挑んだのですか?

自分の表現力を試すためです。ひかるはすでに人気がありますが、その評価が本当に自分の実力に向けられているのか納得しきれていません。だから、声優という肩書きだけでは通用しない高座へ向かったと読めます。

ひかるが可楽杯で演じた噺は何ですか?

ひかるが可楽杯本選で演じたのは、人情噺『芝浜』です。人物の心情や夫婦の時間をじっくり立ち上げる噺なので、声優としての表現力を試すには、かなり重い演目です。

ひかるが落語家を目指した理由は、あかねに負けたからですか?

敗北も大きなきっかけです。ただ、この記事では、負けたこと以上に「あかねの高座を見たこと」が大きかったと読んでいます。あかねの『寿限無』は、客席の反応を見ながら噺を届ける高座でした。ひかるはそこに、声優としての表現力だけでは届かない、落語家として客席を動かす力を見たのだと思います。

高良木ひかるは高橋李依さんがモデルですか?

公式サイトやインタビュー内に「高橋李依さんが高良木ひかるのモデル」と明言した記述は見当たりません。この記事ではモデル説ではなく、声優であるひかるを高橋李依さんが演じることで生まれる読みの近さを扱っています。

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『あかね噺』は、キャラの勝負だけでなく、落語という芸そのものをどう読むかで見え方が変わります。ひかるの選択が気になった人は、作品全体の空気や、父・志ん太の破門、主題歌に込められた芸の匂いもあわせて読むと、もう一段深く楽しめるはずです。

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